小倉ひとつ。
金木犀の香りとともに、今年も稲中さんご夫婦の息子さんご夫婦がお嬢さんの授業参観に向かったので、前後二日を含め、お仕事をできるだけお手伝いした。


年度始めの授業参観のときは仕事に不慣れだったけれど、今はなんとか慣れてきたから大丈夫。家族水入らずで過ごしてほしい。


去年荒れていた手は、あれからずっとお手入れを頑張っているおかげで、今年は少しだけマシ。


手の成分とまるきり同じ成分の、お料理しているときにも使えるプロ・業務用のハンドクリームがあって、稲中さんご家族に相談して許可をもらい、お仕事中もずっとそれを使っている。

気づいたら塗るようにしていると、化粧水より保湿力が高いからか、目に見えて改善した。


お掃除は相変わらず落ち葉が多いのでこまめに。

例年通りの肌寒さに、要さんのお見送りが店内になって。

色の組み合わせの本を買って勉強したから、去年よりもっとお客さまに合わせた試食をお出しできる。


去年と変わらないこと。今までと違うこと。変えたかったこと。


長い長い恋だった。長くて苦しい、恋だった。


擦りきれた戒めを、今は繋ぎ直さずに、擦りきれたままにしておける。そのまま思い出にして、いつか忘れてしまえる。


たったそれだけの、なんて得がたいことか。


幸せだ、と思った。


幸せの象徴みたいな優しくて香ばしい香りは、今日も穏やかにお店に満ちている。


「かおりちゃーん、これ並べてくれる?」

「はーい、今行きます」


稲中さんに駆け寄る。


恋も出会いも、進路も、私の何もかもが始まった場所に、今年も色鮮やかな、十七回目の秋が来ていた。
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