小倉ひとつ。
いつものお見送りをしようとカウンターを出ると、「大丈夫ですよ」と優しい微笑みでとめられた。


「寒いですからこちらで大丈夫です。お風邪など召されませんよう、どうぞご自愛ください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいて、こちらで失礼しますね」


はい、と笑う瀧川さんは、毎年寒くなると必ず見送りを断る。


あまり固辞しても失礼かなと思ってお言葉に甘えさせていただいたんだけれど、一応、以前初めてそう言われたときに稲中さんに確認を取ったら、瀧川さんに提案されたときは店内でお見送りしてもいいと許可された。


それからは、せっかくなのでお言葉に甘えている。


瀧川さんの口調は初めから手慣れていた。


穏やかで優しくて、するりとこぼれるようなさりげなさ。


無理をしている感じも、あらかじめ考えてきたような不自然さもなくて、ただふいに気づいたから言った言葉に特有の、気軽さだけがあった。


だから、これは特別扱いじゃない。


……大人の、社会人の、ただの気遣いだ。


瀧川さんは気遣いができる聡い人なんだって、こういうときに改めて思い知らされる。


そうして私は決まって、痛む胸の隠し方ばかりうまくなる。
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