長い夜には手をとって


 確かに、あった。お正月があけてすぐの頃、伊織君が出張から戻ってきたばかりの夜。つい居間で眠ってしまった私は、深夜、伊織君に起こされたのだった。おーい、風邪ひきますよ、って。部屋で寝ないと、凪子さん、って。

 ああー、あの時か!

 居間の隅に置いたソファー。その傍らにはスタンドライトがあって、その灯りに照らされて眠る私は無防備な顔だ。ライトの灯りと夜の部屋の暗さ、その明暗はハッキリしているけれど、寝顔はぼんやりと白く、毛穴や睫毛の1本ずつまで分かるようではない。

 暗いのに明るさや希望の匂いがする、優しい写真だった。例えて言うなら、火が燃える暖炉前に集まる家族を描いたクリスマスカードみたいな雰囲気。

 写真から顔を上げて、私は困った顔で俯く伊織君に言った。

「嫌じゃ、ない」

 伊織君がパッと顔を上げる。

「え、ホント?」

 うん、と私は頷く。もう一度、じっくりと写真を見る。つい口元がゆるんだ。

「これ、綺麗。私じゃないみたい。似てる誰か他の人みたいに思える。ハッキリしてるのに幻想的なんて、一体どうやったらこんな風に撮れるの?」

 大きな手を胸に当てて、伊織君が笑う。良かった~・・・と呟くように言った。

「変態って罵られたらどうしようかと思った。とりあえず気に入ってくれたなら、良かった~!」

「ま、隠し撮りであることには違いないけどね」

 私がそう突っ込むと、ぴたりと笑うのをやめて真面目な顔になった。

「・・・本当に、すみませんでした」

 私は写真をぴらぴらと振りながら、彼の机の上をジャスチャーで示す。


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