物語はどこまでも!

『仮にもこいつら全員の欲求を呑み込んでいたらとんでもないね』

セーレさんが言っていた言葉を思い出し、鳥肌が立った。

冷や汗を流しながら、離れの小屋に目をやっても外観に変わった様子はないがーー『いる』と分かった途端、禍々しいもやでも纏っている錯覚を感じてしまう。

ここは、危険を考えて一度、野々花と合流し迎え打つべきか。司書長からは捕獲する必要はないとのお達しだったが、野放しにするには危険に思えた。ーーでも、問題が解決した今、『養分』が摂れないと分かれば“あれ”はあの場に留まるのだろうか。

グルグルと散らばった考えをまとめている内に、セーレさんが歩みを進めたことでそれら全てを投げ捨てる。

「物語界で生活するあなたの方が危険です!」

出てきた言葉がそれだった。

目を丸くし、驚いた彼が私の方を振り返る。こちらとて、どうしてその言葉が出て来たのか自問自答中だった。

散らばった考えは全て図書館司書補としての役目に則ったものだったというのに、最終的にかかしとなった足を動かしたのがその言葉。

言葉が先に出て、理由を後付けで考えてしまうほどの有り様。それだけ、危険だと思ったんだ。

ーー何かあってからじゃ、遅いのだから。


「私が行きます。何があっても、最悪、私には逃げる場所がありますから」

何か言わんとする彼を遮り、強引に前に出た。

新しい周回になり、改竄能力が使える彼に任せた方が安全だろう。だが。この物語界でしか存在出来ない彼には逃げ道がない。起きたいと強く願えば強制的に元の世界に帰れる(目覚める)私が予測不可能な危険を回避し、それを確認した彼が対処する形の方がより確実だろう。


仮にもまた、野々花の件のようにあれが私の世界に来ようともあちらには司書長や野々花たちがいてくれる。いくらでも対応出来るんだ。ーーだから。

「雪木の優しさは時に残酷だな。俺だって同じ気持ちであることを忘れないでよ」

私の隣につく彼は、この案に乗ってくれなかった。しかもか。

「なんかよく分かんないけど、ともかく大変なことですね!弟たち、もうこれ以上、図書館や聖霊さんに俺たちの尻拭いをしてもらっちゃ悪いよな!」

おー!とそれぞれスコップやクワなど、思い思いの武器を手にする小人さんたちも加勢してくれるようだった。

「セーレさんが言う、残酷な優しさという言葉が身にしみるようです……」

「だったら、諦めて。ほら、ピンクなんか巨木担いでいるのだから、頼もしいことこの上ないよ」

手を繋いでくる彼には苦笑するしかない。諦めた。そも、これだけ味方がいるならば何があっても対応出来る自信までついてしまった。

「でも、最初に中の様子を見るのは図書館司書補たる私の役目ですからねっ!」

彼も彼で諦めたように頷いてみせる。

意を決して、離れの小屋へ。近づくのは造作もなかった。窓はカーテンが閉まっているのか、暗く、中を確認することは出来ない。ドアは一つだけ。順当に考えれば開けるしかないのだけど、ドアノブを手にした途端、心臓が早鐘となる。

知らずとセーレさんの手を強く握っていたようだ。後ろに控えている小人さんたちの緊張も背中から伝わるようだった。

行きますよ、との意味でみんなに目配せをする。全員の心の準備を感じたところで、ドアノブを回し、勢いよく扉を開いたーー


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