小さな愛の形
夕方頃になり、流石に帰る気になったらしい。

彼女はいきなり立ち上がり、背伸びをして歩き出した。

僕は驚いて口を開けていた。

そんな僕に彼女は、さぁ早く帰るよ！と言ってきた。

僕はやれやれと思いながら、彼女の後を追いかけた。



教室には既に誰もいなかった。

静まりかえった教室に、オレンジ色の太陽で何時もより綺麗に見えた。

五月蝿い教室とは全く違う教室に、新たな顔を見せられた気分だ。

彼女は自分の席まで歩いていくと、席に座り出した。

「私は今日からここで授業をするんだ！」
と明るい子供のような声で。

既に終わった授業の事を懐かしんでいる様だった。

僕にとっては当たり前の毎日の一つでしかなく、そんな懐かしんだりする様なものじゃ無かった。

それでも、彼女は懐かしんでいた。

その光景はやはり子供のようで、可愛らしくもあった。

僕も自分の席に着き、黒板を見る。

何も書かれていない黒板が何時もより明るく見えた。

隣の彼女は、机に顔を伏せている。

体調が悪いのかと思い、慌てて立ち上がった。

「だっ…大丈夫？」

ガタッと大きな音と共に、僕は声をかけた。

彼女はフフフと少し笑っていた。

「心配してくれたの？ありがとー！大丈夫だよ。」
と何時もより明るい声に、僕は少し安心した。

「もう、帰る？」

横から覗いた彼女の顔は少し気の緩んだ顔だった。

「帰らないの？」

「帰りたくなーい」
とそんな我儘を聞いてしまうほど、僕はこの空間を気に入っていた。

静かなこの空気と隣にいる彼女。

自然と口角が上がる。

「そうだね。僕も帰りたくない。」

そう言うと彼女はとても嬉しそうな顔をした。
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