溺甘プレジデント~一途な社長の強引プロポーズ~

 午後、業務の合間を縫って社長室へ。誰に見られても広報の立場があるから平気なのに、できるだけ人目に触れず出入りしようと思ってしまう。

 書斎に置かれた霧吹きの水を入れ替え、椎茸の世話をしていると、外出していた社長が戻ってきた。


「お帰りなさいませ」

「あぁ、椎茸?ありがとう」

 外出先の雰囲気に合わせたのか、珍しくスーツを着こなしている社長を見つめてしまう。


「元気?」

「……えぇ、おかげさまで」

「おかげさま、か」


 あ、いやそういう意味ではなくて、でも違うこともなくて……と内心アタフタしながらも、霧吹きのレバーを引いた。



「よかったよ、元気そうで何より」


 社長はどう思っているんだろう。
 私と桃園さんが別れたらいいと思っていると言っていたし、私を好いているようだし……。

 もしかして、迫られちゃったりするのかな。フラッグ出版の取材を当面控えるようにしたのも、タイミング的にそういう都合?


 ――思い上がるのもいい加減にしないと、また痛い目に遭うだろうな。


 薬指に残る薄らとした日焼けの跡がつらい。桃園さんからもらった指輪を外しても、思い出のぶんだけ居座っているみたいだ。
 でも、そう遠くないうちに、この跡がいつの間にか消えたころ、全部きっと……。



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