【短編】年下彼氏くん
年下彼氏くん

図書室は何時でも静かだ。

本を読む人、勉強をする人。

誰一人うるさくしない。

図書室の隅でそれは起きていた。


「ほら、ここ。」


小声で言う年下彼氏くんは、私に向かって挑発するように唇に人差し指を置く。

薄い唇と制服の襟元から見える喉仏に心臓が1度跳ねる。


「で、でも……」


モゴモゴと言い訳をする私。

9月21日の今日、彼は17回目の誕生日を迎えた。

彼女にとって『彼の誕生日』というのは壮大なイベントであり、絶対に何かしてあげたいものだ。

昨日、有名なアクセサリー店へ出向き店員さんと相談しながら買った、彼へのブレスレット。

そのブレスレットは自分の部屋の勉強机の上だと気付いたのは6時間目の授業が終わり、帰りの準備をしているときだった。

一旦帰って取ってこようかとも考えたが私は片道40分かけて交通機関で通学しているため時間がかかる。

それに加え彼は放課後5時からアルバイトのシフトが入っていて、終わるのは夜10時。

今日中に彼にプレゼントを渡すのは難しかった。

その事を彼に伝えると『じゃあ明日でいいっすよ』ということだった。


しかし、安心したのも束の間。

『でもやっぱ今日欲しいんで、こっち来てください』と言ったかと思えば私の腕を掴み、何故か場所を移動し図書室の隅に連れていかれた。

そして私を壁まで追いやり、こう言い放った。


『先輩からのキスがほしいです』


そして、今に至る。



「してくれないなら別にいいです。バイト間に合わなくなるし。ああ、でも悲しいなあ。好きな人から、彼女から誕生日プレゼント貰えないなんて。」


「なっ……!」


煽られてカッとなった私は、熱い鉄板に手を触れると反射で手を引っ込めてしまうのと同じように、彼の唇に向かって勢いよく顔を近付けた。

ゴン、と鈍い音。


「いっ……!?」


彼と私のおでこがぶつかり合う音だった。

痛い。
声にならないくらい痛い。

自分の手をおでこに当てながら痛みに悶え苦しんでいると、彼は「へたくそ」と言い、私の顎を人差し指と親指で移動させ、私の唇と彼の唇を重ね合わせた。


「こうするの、わかった?」


彼は悪戯な笑みを浮かべ、私に言う。

そんな彼にまた胸が1度飛び跳ねる。


「じゃあ、先輩も。してよ」


ニヤリと笑う彼。

その小悪魔ぶりは私の心を締め付け、愛しいと思わせてくる。


「目、瞑って……」


意を決してそう言うと彼は素直に目を閉じた。

切れ長の目に長いまつ毛。
私から見て右目には泣きボクロ。

彼に近付くと鼓動が速くなっているのに気付いた。

この鼓動が彼に聞こえてしまうのでは、と心配になる。

少し背伸びをして彼にキスをする。
短いキスだ。


「……おめでとう」


下を向きながら彼に伝える。
恥ずかしくて顔が熱い。


「へへ、先輩」


そしてまたキスをされる。

軽いキスをして、ちょっと長いキス。


「先輩可愛い。嬉しいです。」


さっきの小悪魔ぶりはどこへ行ったのか、急に真っ直ぐになる彼に動揺する。

皆が言う「ギャップ萌え」とはこういうことなのだろう。


「好きです、先輩」


私を抱きしめる彼の声は私の左耳の鼓膜を優しく振動させる。

その一瞬、私はとろけて彼の一部になってしまうような錯覚に落ちた。

再度さっきよりも強い力で抱きしめられ、我に帰る。


「私も好き」


夕日の刺さない図書室の隅で、私たちはまたキスをする。
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