以心伝心【完】

「真、さっきの人誰よ?」

久しぶりにごっちゃんと買い物に行った帰りに遅くまでやってる行きつけのカフェに寄って、まだ話足りんのかって言われそうなくらいノンストップで喋ってたら、声を掛けられた。
久しぶりすぎて、というか、何年ぶり?!って感じで再会の感動よりも驚いた。ごっちゃんが「誰よ!?」って血相変えて詰め寄るから思わず「高校時代の元カレ」って言ってしまった。

「元カレ?!」
「そ、そうやけど」
「超男前じゃない!!」

あんたって奴は!って口では呆れてるようやったけど、顔がニヤニヤしてた。面白い玩具を見つけた時の顔をしてる。

「なんも面白くないやろう」
「いーや!ルームシェアから同棲に変わったあんた達を乱す男が出てくるなんて面白くないわけないじゃない!」

幸せボケのあんた達にいい刺激になりそうね、と口元に手を当てて笑いながら「またね!」と帰っていった。

何がまたね!やねん。おっきい声で近所迷惑な。人の過去をネタにしようとして。
元カレが出てきたからって、それが刺激になるわけない。昔の話で8年前の元カレが出てきたところで何にもない。

圭一と出会ってから丸6年。ルームシェアから同棲に変わって3年。
今日会った元カレと別れてからも圭一を好きになる前も彼氏いてるし、数年ぶりの再会ごときで変わるわけがない。あえて気になることを挙げるなら、ほんまに“幸せボケ”してんのかってことくらい。

確かに付き合ってからは社会人になったってのもあるけど別に大きい喧嘩もないし、休日は互いの体調見ながら出掛けたり、家でまったりしたり有意義な生活をしてると思う。

一緒に住んでる時間が長い分、お互いの性格や生活パターンとか知ってるから、初めて同棲するカップルに比べたら楽な方やと思う。
食事に関しても互いにしてきたことやから今更“ご飯作らな”とかならへんし、圭一が家庭的なこともあって、一般的な彼女よりは楽な気がする。そう考えれば、幸せなんかもしれん。

「ただいまー」

玄関に靴がある、ということは帰ってきてる。
今日は土曜やけど圭一は出勤せなあかんくて、会社終わりに飲みに行くって言うてたから夕飯の準備はしてないけど、晩酌用のあてになるような材料をちょっと買ってきた。

「ただいま~って、圭一いける?」

ネクタイは緩めてあって、スーツの上を脱いで、下は穿いたままで着替えもせずソファーに転がって寝てる。
顔は真っ赤で、見た感じではいつも以上に飲んできたらしい。明日は休みやから今日はこのまま寝かせようと、圭一の肩を叩いて起こす。

「圭一、起きて。ここで寝たら風邪ひくし、スーツくしゃくしゃになるから」

軽く叩いても起きんから軽く揺らしてみる。ん~と唸るけど、目を開ける気配はない。
ここで寝させてもいいけど、とりあえずスーツは脱いでほしい。

「圭一、起きてって」
「やだ」

やだ、てなんやねん。
最初の頃は“可愛い”とか思ってたけど、今は違う。確かに可愛いけど、今は何よりスーツ。

「圭一!」
「涼のえっちー」

緩めてたネクタイを外して、スーツのパンツを引っ張ったら、この言われよう。さすがにイラッとして、「もう知らん」と立ち上がると真っ赤な顔の圭一があたしの腕を引いて「やだー」と体を起こした。

「酔った俺は嫌い?」

真っ赤な顔して可愛く首傾げて。手も指先だけ握っちゃって、目はお酒のせいでとろーんとしてる。そんな圭一を嫌いかって普通聞く?

圭一が明らかに悪い喧嘩の時も早く帰るって言うたから、ご飯作って待ってたのに飲んで終電で帰ってきた時も“ムカつく”って思うことはあっても“嫌い”って思うことはなかった。
どんなにムカついても、喋りたくなくて、顔も見たくなくなっても、“嫌い”にはなれんくて。“喧嘩別れ”って言葉も全然想像出来ん。喧嘩しても、傍にいたいと思うし、そのために話し合いたいと思う。
そう思う度に「やっぱり好きやな」って思うんやから。

「お酒に呑まれて顔を真っ赤にして甘えてる圭一くんも好きですよ」

だから起きて着替えて、と続けようとしたらニンマリと笑った圭一に腕を引かれて抱きしめられた。

「ちょっと」
「真、大好きー」

ギューッと抱きしめられる。お酒のせいで体温が上がってる。
それはいい。それはいいけど、酒臭いのは別問題。

「ほら、早く脱いで!」

腕から抜けて「早く脱がんと口きかん!」て言うたら「それは困る」と、やっと脱いでくれた。

「・・・」

別にいいんやけどね。
もう見慣れたって言うか、ルームシェアしてる時から洗濯は一緒にしてたし、今更純情ぶるのも変やし。それにお酒も飲んでるし、脱げって言うたのはあたしやし。今回は大目に見ようと思うけど。
でも自分の彼氏がパンいちで千鳥足でリビングを歩く姿は見たくない。恥じらいも無くなった熟年夫婦か!って悲しくなる。

今日は酔っ払い相手で何を言うたって仕方ない。寝室に入った圭一を確認して、溜息一つ吐き出した。
ぐるっと部屋を一周して散らかした形跡を探すけど、どこも変わってないから帰ってきてすぐソファーに倒れ込んだんやろう。早めに帰ってきてよかった。

それにしても今日の最後の最後で驚かされた。地元が一緒やから、まさかここで再会するとは思わんかった。
こっちで進学したんかどうか知らんけど、スーツ姿ってことはこっちで就職したってこと。しかも、あの辺りに家があるなら微妙なご近所さんで、最寄り駅は一緒。

「こんなことってあんねんなぁ」

よくドラマとか映画で何年振りの再会!とかやってるけど、現実にもあるもんらしい。だからってドラマみたいに復縁するようなことは圭一がおるから無いけど。

「懐かしいわー」

ちょっとだけ昔の思い出に浸ってから、お風呂を沸かしに行く。そのついでに寝室を覗くと、ちょうどリビングの光で圭一の寝顔が見えた。
真っ赤な顔して幸せそうに寝てる。口も開いてる。アホっぽい寝顔も可愛いと思えるあたり、あたしは重症なんやろう。
でも幸せやなって思える瞬間。
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