あなたに捧げる不機嫌な口付け
コーヒーを飲み干しながら至って普通の表情を作って、恭介さんに連なるものは、連絡先も写真も全て削除した。


打ち身はそのうち消える。

リップクリームはなくなる直前に買ってもらおうと思っていたから、まだ持っていない。


これで全て消したはずだ。


……これでいい。


まだ間に合う。忘れられる。


恭介さんを、忘れる。


「っ」


押しつけられて以来鞄に入れっぱなしだった合鍵をローテーブルの隅に置く。


きっと恭介さんは、すぐに私を忘れる。


私が離れて行っても何も思わなくなる。


「あ、そう」くらいの、その他大勢と同じ反応を見たくないから、何も言わずに離れたい。


……きっと消臭剤はこの部屋からなくなるだろう。


二人分の甘いお菓子も、ミルも、コーヒー豆も、きっとすぐに誰か他の人のものになるだろう。


すぐに「彼女」ができて、私が通った痕跡は、今回の他の彼女さんたちの痕跡のように、さらりとなくなってしまうに違いない。


でも、もしも、もしも万が一寂しがってくれるなら、私は今まで話し相手をやっててよかったよ。
< 201 / 276 >

この作品をシェア

pagetop