恋になる、その前に
恋になる、その前に
“ひとは惚れた腫れたで右往左往するように出来ている”

幼なじみの樹希(いつき)と兄貴の付き合いを見ていると、そんな言葉が頭に浮かぶ。

樹希が言うには兄貴との恋愛は『ふたりでいる時は甘くもっと欲しくなり、時には苦味すら感じる』らしい。

何とも抽象的で首を傾げたくなるが要約すれば、好きで好きで仕方がないって意味なのだろう。

はじめは憧れだったのかもしれないが、樹希はかなり昔から兄貴に惚れていたように思う。

兄貴に恋人が出来たのを知り、想いを振り切るかのように誰かと付き合い始めた高校生の頃の樹希の恋愛スパンは、やたらと短かった。

俺の楽しいところをつまみ食いするような付き合いは軽蔑していたくせに、アイツがこま切れの恋愛しか出来なかったのは結局、心の底で兄貴を欲していたからだ。

口数の多いとはいえない兄貴と何か言葉を交わしては、嬉しい気持ちを隠して斜め下を向く樹希の姿を目にして、何度歯痒いと思ったことか。

樹希に対して、年下の可愛い子くらいの認識しかなかった兄貴の驚くほどの鈍さにも呆れちまうけど。

あんなに強い『慕ってます光線』を送られて、まったく気付かないものなのか。

奴らの遅々として進まない関係に、俺が焦らされるなんてのは、この上ないほど不本意だった。

とは言え、他人の恋愛に口は挟まないがモットーの俺はとしては、手を貸したことなど一度も無かったのだ。
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