騎士団長殿下の愛した花
どうして、と。自分に訊ねて、もう理由はわかっていた。
自分の隣に、
誰より隣にいて欲しい人がいるからだ。
フェリチタは鼻がつんと痛くなって、目の奥が熱くなって……どうしようもなくなく泣きそうになって、彼の言葉に応えられなかった。
(でも私は……レイの横に立っていていいの?)
その問に答えてくれる者は誰もいない。自分さえわからないのだから。
レイオウルの指がフェリチタの腕を滑り、手首を撫で、指先を絡めとる。もう片方の手でフェリチタに見立つ容姿と耳を隠すためのフードを深く被せた。
「フェリチタ、行こう」
ぐん、と引っ張られ、フェリチタの足が地面を確かに踏みしめる。躊躇うように1歩、2歩、しかし走り出してしまえば脚は軽やかに動く。
自分の手を引くその後ろ姿が一瞬幼く見えて、フェリチタは目を瞬かせる。その幻はあっという間に霧散したのに、何故か脳裏にくっきりと焼き付いて彼女を困惑させた。
裏門から城の外に出る。向こう岸が遥か彼方に見える大きな川がすぐ横を流れていた。その川沿いを手を繋いだまま彼は駆けていく。
「知ってるかもしれないけど、この川は森から流れて南下していく。城、それから町へ下っていって……国を流れている。やっぱり地の利を活かして毒を流したりはよくされたみたいだよ。塞き止められでもしていたら大変な事になっていただろうね」
レイオウルは冗談めかして言っているが、母の人間への憎しみは尋常じゃない。不可能などないのだ、その気があれば執念でどうにでもしていたに違いない。
(……だとしたら、なぜお母様は川を塞がなかったんだろう。過去の争いでも毒を流したりはしているなら、川を使って生活に打撃を与える方法は思いつくはず。やっぱりじわじわ殺すのは気に食わなかったから?)