騎士団長殿下の愛した花

「またそこにいるの?」

ひょいと覗き込む琥珀色の瞳に、飼育棟の壁に張りついていた少女は顔を上げた。

夕焼けを背にして汗ばんだ前髪を払う少年は、このところぐっと背が伸びて体付きもがっしりとしてきている。

「レイ……は、剣の訓練?」

「ああ、うん。最近増やしてもらってる。■■■■■は?今までずっと勉強?」

「そうだよ。今日はもう終わったから夕食までちょっとだけ自由時間」

「うえ、第二だけど一応王子の僕より勉強の量が多いなんて、本当大変だなあ」

「……しょうがないもん。トクベツだから。きみだってわかってるでしょ?」

『トクベツ』と言った彼女の口振りには、そろそろ齢10を数えるにしては上手に皮肉が込められていた。

「……どうしたの」

いつもに増して顔色の悪い少女に少年が眉尻を下げる。

「……また神託が降りたんだって。『聖女が成人せし時、真の力が目覚めるだろう。さすれば聖女は真に聖女たりうる』」

「真の力ぁ……?」

また胡散臭い神託だな……と眉を顰める少年に、少女はあっけらかんとした様子で肩を竦めた。

「神官様のお話では、おそらく私が自分の思い通りに『奇跡』を起こせるようになるんだろうって事みたい。まあ勝手な推測なんだけどね。お陰様で、最近割とそっとされてたのにまた色々言われ始めちゃった。
上手い具合に行かないからって私のこと持て余してたくせに、ほんと手のひら返しが上手だよね。いい加減私が『奇跡』なんか使えないって、『聖女』なんかじゃないってみーんなわかってるのに……」

< 95 / 165 >

この作品をシェア

pagetop