10年愛してくれた君へ
タクシーが病院前に到着し、料金を払って飛び出した。
そして再び携帯が鳴る。
「もしもしお母さん!?」
『藍、もう着いてる?』
「うん…今、病院前に着いたよ」
『お母さんも向かっているから。じゃあね』
電話を切り、病院に入る。
ここに来ると儀式のように、深呼吸して気持ちを落ち着かせるようになった。
一歩、また一歩と足を踏み出す。
"竹内 春人 様"
ゆっくりと扉を開いた。
最初に目に入ったのは、春兄ママ。
「藍ちゃん…」
そして…
「…藍」
身体を起こした状態の、春兄だった…
「藍、誕生日おめでとう。遅れてごめんな」
久しぶりに見た春兄の笑顔。
今まで我慢していた気持ちが崩壊し、涙をこぼした。
「…る…はっ…春兄…」
「2時間くらい前に目が覚めたんだって。私一度家に戻ってて。連絡が入ったの、ついさっき」
ふとベッド脇のテーブルを見ると、あの手紙が無くなっていた。
不思議に思っていると、春兄は春兄ママに声を掛けた。
「悪い…ちょっと藍と二人にさせてくれない?」
「えっ?」
すると春兄ママは、春兄の肩を軽く叩く。
まだ痛みがあるのか、春兄の顔が少しだけ歪んだ。
「全く。親を追い出す息子がどこにいるのっ」
「あ、いやそうじゃなくて…」
焦って弁解しようとする春兄に笑顔を向け、春兄ママは病室を出て行った。
私と春兄の、二人きり…
急に緊張し出して目を合わせられないでいると、春兄は優しく言葉を掛けてくれた。
「藍…これ」
そう言って、春兄は枕の下から無くなっていたはずの、あの手紙を取り出した。
「あ、それ」
「目が覚めたらテーブルにあって、読んだんだ。書いてあることが信じられなくて…俺、頭打っただろ?幻覚でも見てるのかと思ったんだ」
それを聞いて急に恥ずかしくなった。
もちろん、春兄に読んでもらいたくて書いた手紙。
だけど、実際こうなるとやっぱり恥かしい。
だって、手紙で告白なんて初めてだったのだから。
「俺はフラれるつもりであの手紙を書いたんだ。ケジメのつもりで。だから藍の気持ちにはビックリしてる」
「春兄…」
手紙を見つめていた春兄の視線が、ゆっくりと私の方へと向けられた。
「藍、直接言わせてほしい」
「っ!」
手招きをされ、それに従い春兄に近づく。
春兄は私の両手を取り、優しく包み込むように握った。
そして私の目を見つめ、柔らかい笑顔で言ったんだ。
「藍が…好きだ。俺と、付き合って下さい」
その言葉に涙腺が崩壊し、春兄に抱きついた。
春兄が目を覚ました、喜び、安心感、そして春兄から告白されたという幸福感。
様々な感情が交わる。
泣きながら抱きついている私を優しく抱きしめ返してくれる春兄。
「…藍、返事は?」
そんなの…決まってるじゃん。
「私も春兄が好き。大好き。これからは"恋人"として、よろしくお願いします」
やっと通じ合った私たちの想い。
たくさん傷つけ、悲しませてしまった過去にさよならしたい。
でもこんなこと言ったら、きっと春兄は…
『嬉しい思い出も悲しい思い出も、全部大切にしたい。藍との思い出だから』
なんてこと、言うんだろうな。
「藍、ずっと大切にするよ」
今までも大切にされてきたもん。
今度は私の番だ。
春兄のこの優しい笑顔を、ずっと守っていくよ…