エリート外科医の一途な求愛
『これ』と言うのは、昨日の帰り際に木山先生から回された、学生の試験の答案用紙だ。
大学での講義数が多い木山先生から、前期・後期試験の度に頼まれる、恒例の採点業務。


小論文形式の問題の回答はちゃんと先生が目を通すけど、それ以外の半分は選択問題になっていて、それを私と美奈ちゃんの二人で手分けして採点している。
こんな人だけど学生からは人気があるから、講義の受講生も多い。
そのおかげで、期末休み前は結構大変なのだ。


もちろん、私だけじゃなく美奈ちゃんのデスクにも、私以上の紙の山が出来ている。
私の方は秘書として緊急の仕事も入るから、その辺は微妙に考慮して割り振ってくれてるみたいだけど……。


「へえ。その割には、ほとんど進んでないみたいだけどな」


ああ言えばこう言う。
本当にこれしかやってないけど、かかってくる電話対応をすることに文句を言っても仕方ないじゃないか。


……と言いたい気持ちはなんとか抑えて、私は気を取り直して赤ペンを取った。
そのタイミングで、またしても医局内に電話の音が鳴り響く。


一次応答をした美奈ちゃんが、ちょっと遠慮がちに振り返って、『葉月さーん……』と困った顔をしている。
きっとこれも、各務先生に対する仕事のオファーに決まってる。
肩を竦めて電話を代わる私の後ろで、木山先生はチッと舌打ちしてから通り過ぎて行った。
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