エリート外科医の一途な求愛
伝えたいたった一言
翌朝、教授は私に、各務先生のスケジュール変更を指示した。


「各務君が決心してくれてね。アメリカの方も、少しでも早くって言ってくれてるんだ」


教授の表情を一番大きく占めている感情は、期待からくる高揚だった。
この先も一生心臓外科医として生きる各務先生にとって、このタイミングでの渡米は、確実に大きなメリットになる。
教授は各務先生の日本の医学界での活躍を、純粋に楽しみにしている。


だけど表情に反して、声は決して弾んでいない。
各務先生の一人の人間としての願いを応援してやれなかったことが、上司として無念だったのかもしれない。
私はそう感じた。


各務先生を送り出す為の業務に追われながら、私はやり切れない想いから逃れようとしていた。
『罪悪感』や『自己嫌悪』という言葉がしっくりこない。
だって私の胸に広がっていたのは、不甲斐ない自分への憐みだったから。


スケジュールの変更に目途が付き、週明け月曜日の朝礼で、教授が全医局員の前で各務先生の渡米を発表した。
一瞬、医局内が大きくどよめいた。
集まったみんなが、一様に驚いた表情を浮かべている。


それでも、思ったほどの大騒ぎにならなかったのは、みんながある程度の噂を耳にしていたせいだろう。
先週休暇でいなかった美奈ちゃんも、私の隣で大きく息をのみはしたけど、その反応は想像以上に落ち着いたものだった。
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