イジワル上司に甘く捕獲されました
「なっ?
俺ら前みたいに友達のほうがきっともっと楽しいよ」

天気がいいから散歩に行こうよ、と言うかのような明るい口調に笑顔。

……今まで拓斗のポジティブさには助けられてきたし、長所だと思ってきたけれど。

今日もそのポジティブさを頼りにしてきたけれど。

とんだ誤解だったかもしれないと思う。

「……拓斗、そんなこと急に言われても……」

いきなりの展開に戸惑っているのか、自分でも気持ちの整理がつかない私はやっとの思いで返事をする。

「そうかな、まあ、そんな深く考えなくていいじゃん。
別に今までと付き合い方は変わんないだろ?
一緒に飯食ったり、出かけたりできるしさ。
ただ、彼氏彼女じゃなくなるだけで」

……いや、彼氏が友達になるって重大なことでしょ……。

「……変わるよ、少なくとも私は」

固い声で返事をする私に。

拓斗はニッと笑う。

その笑顔に何故か苛立ちを感じる私。

「いや、何かさぁ。
最近あんまり会ってなかっただろ?
でもさぁ、何て言うか……。
美羽はまぁ、元気だろうし俺がいなくても大丈夫そうというかさぁ……。
俺もそんなに必死で会わなきゃ、会いたいなって風でもなくてさ。
それだったら彼女とかってしばりじゃなくて友達と変わんなくない?
その方がお互い楽だろ?」

……一番言われたくない言葉を軽々と口にする拓斗。

仮にもほんの数分前まで彼女だった女性に、こうも簡単にグサグサと胸に突き刺さる言葉を述べる?

拓斗の心の中には私への恋愛感情なんてこれっぽっちも残っていないということを今更ながらに痛感する。

しかも何のデリカシーもなく。

私は何だか拓斗に対して話し合ったり、感情を表すことに疲れてきて。

わき上がる苛立ちや悲壮感をできるだけ上手に隠して。

「……わかった。
でも私は拓斗みたいに昨日まで彼氏で今日から友達、なんて器用に考えられない。
……友達付き合いできる自信もないし。
……悪いけれど。
それと」

なけなしのプライドをかきあつめて、顔をあげる。

そして、拓斗を見つめてニッコリ微笑む。

「……今までありがとう。
元気でね」

それだけ言って踵を返して歩き出した。

「……えっ?
あっ、美羽!
飯、食いに行かないのか?」

背中に叫んでくる声をひたすら無視して私は足早に歩き出す。

……足を止めたらきっと泣いてしまうから。





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