時空(とき)を越えて君に逢いにゆく~家具付き日記付きの寮~

第二話《お泊まり会 その壱(後編)》


「うほー! 京香ちゅあん、怒った顔もカワユイー」

 あれ? 諒太が酔っ払っている。

「うるさいなー」と言いながら諒太の肩をパンと叩こうとしたけれど、見事に空振りしてしまった。身体能力の高さを利用して京香の手をさっとかわした訳ではない。酔っ払っている諒太にそんな事ができる訳などない。

 ただ単に京香も酔っ払っている為、照準が合わなかっただけである。

「うふふっ。空振りしちゃった。あれ? シャンパンなくなっちゃった。諒太選手! あたしの事が好きなら冷蔵庫から冷酒持ってきてちょーらい。ね? お願いしましゅ」
 全くもってろれつが回ってない。

「はっ! 我が姫! なんなりと!」
 諒太はよたよたしながらどうにか冷蔵庫までたどりついた。
「あっ、諒太選手! つまようじもよろすく。ん? よろ……しく」
「はっ! 我が姫!」
 諒太は冷酒とつまようじを姫に手渡すと、ばたりとソファーに倒れ込んだ。

「京香、大丈夫か? もうその辺にしときなよ」
「なんれすって? 岡広海選手! 男れしょ。もうちょっと付き合いなさい」

 どうやら悪酔いするタイプらしい。大学に入ってから何度も一緒に飲み会に参加した事はあった。けれど、こんなに酔っ払った京香は見た事がない。

 おそらく、気の知れた三人だけである事と、電車などに乗って帰る必要のない場所である事が彼女をそうさせたのだろう。

「はいはい。じゃああと少しね」
 そう言うと京香はぱっと花が開いたように笑顔になった。ソファーからは諒太の寝息が聞こえている。
「あと、フルネームで呼ぶのやめてね」
「あら、諒太選手寝ちゃったね」

 ――聞いてねえのかよ。

 ん? 僕は京香の異変に対し今更のように気づいた。
「ねえ、京香。髪型……変えた? パーマ?」
「ふふっ、やっと気づいたのね。見てみたい? 結んでるゴム取ってほしい?」
「え、まあ……どっち……でも」
「もう! どっちれもって何よ! ほんとは見たいんれしょ? しょうがないわね」

 京香は頭の後ろに手を回しゴムを外した。頭を左右に振り、うなじの辺りからふわりと髪の毛をかき上げた。
「ふふっ、どう? 似合う?」

 似合う。本当に似合う。長い髪の毛が胸の辺りから綺麗なウェーブを描いている。名古屋巻き……だっけ?
「あ、ああ。似合ってる。綺麗だ」
 思わず本音をもらしてしまった。

「え? 聞こえない。もっかい言って」
「言わない」

 絶対に聞こえてたはずだ。もう言うもんか、そんな恥ずかしい言葉。

「えー、いいじゃん。聞こえなかったんらもん。お願い」
「き……」
「なに?」

 京香は身を乗り出してきた。はだけた胸元から豊満な胸が丸見えである。僕はこの目のやり場に困る状況から脱する為に口を開いた。

「綺麗だよ。ものすごく」
「れしょー? 今日の午前中に美容院に行ってきちゃった」

 綺麗と二度言われて満足したのだろうか。おもむろにつまようじをつまみ、歯と歯の間へ滑らせた。いい女が台無しである。

「長ネギがとれなーい!」 
「あ、そういえば諒太選手寝ちゃったんだったね」
 
 京香はふらふらな足どりでクローゼットから毛布を取り出した。

 僕は諒太の寝ているソファーの前――ふかふかなラグの上――に座っている。

 京香は毛布を諒太に掛けると、足元がふらつき僕に抱きつくように倒れ込んだ。京香の顔が……近くにある。

 ――え?

「あ、ごめんなさい。私……酔ってるみたいね」
「うん。明らかにね。そろそろベッドに行って休んだら?」
「うん」

 僕は京香の正面から両肩を持ちゆっくりと立たせた。

「大丈夫か?」
「でんでん《ぜんぜん》だいじょばない。ベッドまで連れてって」
「ああ、いいよ。ほら、僕につかまって」

 京香は僕の腕につかまり全体重を預けてきた。何度も倒れそうになった京香を支えながらようやくベッドの脇まで連れていく。

「ほら、ついたよ。横になって」

 京香はベッドに座ると仰向けに倒れ込んだ。けれど僕の腕を強く握ったまま放さなかった。僕は引っ張られるように京香の上に覆い被さる。

 京香は僕の目を真っ直ぐ見つめている。そして彼女の腕が僕の首を抱えた。次第に彼女の顔が近づく。

「京香……駄目だって」

 しかし彼女の唇を塞いでしまった。僕は慌てて京香から離れた。

「駄目だって、こんな事。諒太の気持ち考えろよ」
「諒太の気持ち? 私の気持ちは無視?」
「……」

 僕は何も言えなかった。

「好きなの」
「京香、今日は酔っ払ってるんだよ。じゃあ、リビングに行くね」
「やだ。ここにいて」
「わかったよ。京香が眠るまでここにいるから」
「うん。ありがとう」

 京香はそう言うと僕の手を握りしめた。

 どれくらいの間、京香の寝顔を見つめていたのだろう。時間の感覚が全くない。おそらく僕も酔っているのだろう。僕は繋いだままだった彼女の手をそっと毛布の中へくぐらせた
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