時空(とき)を越えて君に逢いにゆく~家具付き日記付きの寮~
第三章【君もお前も絶対死なせない】

第一話《お泊まり会 その弐『女子禁制寮への潜入』編》


 なぜだろう。この部屋に寝て夢を見なかった事など一度もなかったというのに。

 僕は日記を取ろうと本棚へ近づいた。

「あれ? ない。日記がない」

 僕は部屋中を探し回ったのだけれど、どこにも見当たらない。昨夜の行動を思い浮かべてみようと目を閉じた。
 ハンバーグを食べ過ぎて……。あっ、トイレだ。
 落ち着いて考えてみると案外あっさりと答えがでた事に少しおかしくなった。

 僕は部屋を飛び出しトイレへ向かう。昨日入った一番奥の個室の扉を開けると隅に設けられた小さな荷台の上に立て掛けてあった。

 誰かに見られてしまったかもしれない。けれど、見つける事ができた安堵の方がぼくの心の大半を占めている。

 部屋に戻る道すがら、廊下で日記を開いてみる。そこには紗綾からのメッセージが書き込まれていた。


 ▽ ▽ ▽


 浮気者! 昨日はどこにお泊まりしてきたの?

 逢えると思ってたのに……。

 ヒロ君なんて嫌いだよー。

 ベーだ!

 学校行ってきまーす。


 △ △ △


 また意味のわからない事が書かれていた。一人で寝たにも関わらず浮気者呼ばわりされてしまった。どういう事なんだろう。

 浮気したなら責められてもしょうがない。けれど、何もしていないのに浮気者呼ばわりされると凄く損をした気分になる。

 部屋に戻り、不思議な日記を眺めていた。

 ん? なんだこれは。

 僕が気づいたのは裏表紙に書かれてある『三』という文字だった。印刷された文字ではなく、明らかに鉛筆で書かれてある。

 けれどそんなに気に留めることもしなかったのだ。何しろ紗綾の家に昔から受け継がれてきた日記である。長い年月が流れる間、紗綾の祖先の誰かが書いていてもおかしくない。

 日記を本棚へ戻し、僕は食堂に向かった。

 平日の朝食はパンである。けれど、土日はご飯なのだ。米派の僕はこの土日の朝食を楽しみにしている。鮭を焼いたりお味噌汁を作ったり目玉焼きを作ったりと手間がかかるのだろう。その為朝食の開始時間は平日より遅くなるものの、僕ら寮生も休みなのでゆっくり寝ることができる。非常にありがたい。

 僕より先に食べ終えた寮生が食器を返却口へ返す。

「ご馳走さまでした」
「お粗末様でした」

 いつもの会話がなんの違和感も持たず、BGMのように流れていく。

 そして僕も返却口へ食器を運んだ。

「ご馳走さまでした」
「はい、お粗末様でした」
「あ、寮母さん。この前も言いましたけど、今日友達が泊まりにきますので」
「はい。楽しんでね」

 皺いっぱいの笑顔が僕に微笑んだ。

「はい。ありがとうございます」

 僕は部屋に戻り、録り貯めた映画を立て続けに三本観賞し終え、気づくと夕方の五時になっていた。六時には諒太と京香が訪ねてくるのだ。

 僕は慌てて掃除を始めた。掃除といってもクイックルワイパーとコロコロだけである。

 一通りの掃除が終わったのを見計らっていたかのようにスマホが音を立てた。

 ――もうすぐ着くよ。

 京香からのLINEである。諒太と京香が待ち合わせをし、二人で寮に向かって歩いているようだ。

 ――門の前で待ってて。今行くから。

 数回LINEをやり取りをした後、僕は階段をかけ降りた。

 門の外に出ると既に二人は来ていた。ゴリラ顔の親友ともう一人。

 キャップを深々とかぶり、マスクで顔を覆っている。更に長い髪の毛は器用に束ね服の中に隠しているようだ。上着の襟を立て後ろ髪が見えないようにしている。かなりの不審者であるけれど、どうみても女には見えない。

「よっ、こっちこっち」
「きゃー、緊張するう」

 どう聞いても緊張している声色ではない。どちらかというと、かなりわくわくしている声である。

「しー! 京香はしゃべるな」

 部屋に行く為には食堂を通らざるを得ない。食堂に入ると五人の寮生が食事をしていた。幸い寮母さんはキッチンの奥の方で忙しそうに動いている。

 京香の背が高いとはいえ、185cmの諒太と僕の後ろに隠すのは以外と容易であった。僕たちは京香の楯になるようそろそろと歩く。

 今のうちに南棟の入口へ入っていかなければ。そう思った瞬間、一番厄介な寮生が僕に声をかけてきた。

「岡、友達連れてきたのか?」
「お……おう。西園寺《さいおんじ》君」

 僕たちと同じ音大に通う西園寺誠。南棟の二階、正に僕の部屋の隣の住人である。しかも同じソングライティングの講義を受けている為、諒太や京香とも面識がある。

「あ、うん。宅飲みアンドお泊まり会……的な。それじゃあ、また明日」

 僕は顔がひきつっているのが自分でもわかるほど動揺していた。

「あれ? 君、確か……斎藤諒太君……だよね?」

 僕はなんとかこの場から立ち去ろうとしたけれど、西園寺君が諒太に気づいてしまった。

「え? あ、うん。斎藤さんだぞ」

 諒太も顔をひきつらせながら古いギャグで必死に応えた。

「古っ」
「ははっ。だよね。高三の時はウケてたんだけどね」
「あ、そうそう。そんな事より君たちいつも背の高い女の子と一緒にいるよね? 俺、あの子好きなんだよね」

 すると諒太が慌てて口を開いた。

「ああ、京香の事ね。あ、でもあの子はやめといた方がいいよ。ちょー性格悪いから……イテッ!」

 どうやら京香が後ろから諒太の足を蹴ったようだ。

「そうなの? そんなふうには見えないけど。岡はどう思う? ちょーいい女だと思わない?」
「いい女? ま、まあ、しゃべらなければね……イテッ!」

 容赦のない蹴りが僕のくるぶしを襲った。

「後ろの友達も俺らと同じ音大生?」

 諒太と僕で隠していたつもりだったけれど、全く隠せていなかったようだ。

「あ、こいつ? こいつは高校の友達で遊びにきたんだよ。なあ、きょ……京介」
「へー。岡の高校って東京だろ? 遠いところわざわざ遊びにきてくれたんだ。はじめまして。岡の隣の部屋に住んでる西園寺です。後で俺も遊びに行こうかな」

 最悪の展開である。けれど諒太がなんとか乗りきってくれた。

「あ、こいつ、ちょー人見知りなんだ。高校時代の積もる話もあるし……。そうだ! 今度、俺とヒロと西園寺君とで飲み行こう。今度……」
「いいねえ。じゃあその時、背の高い彼女も連れてきてよ。な、お願い。紹介して」
「お、おう。任せとけ」

 どうにか乗り切った。僕たちは南棟へ繋がる扉を開け部屋へとたどり着いた。

「ふう!」

 僕は部屋に入った瞬間、大きく息を吐いた。

「どうでもいいけどあんたたち、さっきのは何? 性格悪いだとか、口が悪い的なな発言! まあ、でも許してあげる。二人とも私の事を他の男に取られるのが嫌だったって事ね」

「そうだよ」「な訳ねえだろ」

 あわただしく部屋へ入ってきたためか、ようやく京香は部屋の様子が見えたようで口を開いた。

「へー! 綺麗にしてるじゃん。結構広いね。テレビも大きいしサラウンドスピーカーも買ったの?」
「あ、ここ、家具付きの寮だから全部最初から付いてたやつなんだよ」

 諒太と京香が買ってきたお惣菜やおにぎりをテーブルに広げると、僕はシャンパンのコルクを天井に向けて勢いよく飛ばした。

 宅飲み宴会の始まりである。
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