天人菊
午前中の講義が終わり、僕は久保田ともう1人の学友である野村政時と共に文学部の校舎の中庭で昼食をとっていた。
銀色の弁当箱には日の丸ご飯とにぼし、そして大根の葉の漬け物。この時代では比較的豊かな昼食だ。
「お前のとこの弁当はええよなぁ~、わしのところなんか玄米に梅干しだけなそいから」
野村が強烈な方言で言った。そして続けて
「たまには魚とか肉とか食いてぇわな〜」
するとすかさず久保田が
「欲しがりません、勝つまでは。」と先生のような口調で言う。野村はなんだよぉーとかいいながら久保田とふざけあっていた。
そして野村が我に返ったように
「そういえば、朝言っとった掲示板のビラのことやけど」
僕は一瞬身構えた。もしかしたら本当なのかもしれない。隣にいる久保田も同じように真剣な顔になった。
「あれ法学部のやつのイタズラらしいで」
久保田がほっと胸を撫で下ろして言った。
「じゃあ俺たちは戦争に行かなくてもよくなったんだね!」
「そうだな。」僕はそう言ってまた昼食を再開した。


だが、あのビラが嘘だとしてもいずれ何らかの形で近いうちに戦争の火の粉が降りかかってくるだろう。
もし僕が戦争に行くことになったら…

12月の冷たい風が僕の不安を煽るように吹き付けた。

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