みはら山図書館へようこそ
みはら山図書館はいつも午前十時に始まり、
名無しさんは土日に開館直後にやってきます。
「どうしてナナシさんなのですか?」
新人司書の佐藤くんが訊ねました。
佐藤くんは新人といっても
二十八歳の背の高い眼鏡の男性です。
司書の証明であるオレンジ色のエプロンがよく似合います。
「彼女はずっとここを利用してくれている学生さんなの。
でも一度も図書カードを作ったことがないから、
誰も名前を知らないのよ。」
「だから名無しさん。」
実際に「名無しさん」という呼び名は
みはら山図書館では有名でした。
司書だけではなく、
司書同士の会話を聞いていた常連さん、
そのまた常連さん、
みんな知っていました。
誰も彼女をそう呼ぶことに抵抗はありませんでした。
佐藤くんが名無しさんに近づきました。
人なつっこい彼なら、
名無しさんとも仲良くなれるんだろうなあ
と手元の本を整理しながらぼんやり考えました。