あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
「おや、初めて見かける装丁ですね」


夜、扉を開けたルークさまが部屋の隅に目を遣って、珍しげに瞬きをした。


「ええ。先日、新しい本を持ってきてもらったんです」

「お父上からですか?」


何気ない質問にどう答えるか迷って、答えを絞り出す。こういうことは笑って明るく言う方がいい。


「ルークさま。わたくし、家族はおりませんの」

「何を……」

「家族は、おりませんの。いないものと、お思いください」


生きている人間は、誰しも自分と同じ重さの金塊より価値がない。わたくしはなおさら。


迷惑をかけ続けた父に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。黙って本の表紙をなぞる。


静かに本をかき抱くと、ルークさまがひとりごちた。


「……あなたの手は、罪を数える手ではないのですね」


綺麗なばかりではない指なのに、まるでうつくしい手だと言われているような気がした。


確かに羨望がのぞいていた。自分の手は、罪を数える手だと言うように。


返事をするか迷って、こちらもひとりごとをこぼす。


「……ありがとう存じます。わたくしも、そうありたいと思います」


この手がほんとうに呪われているかは、誰にもわからない。


あの家のご子息方は、あの令嬢に殺された。

あの方の奥さまは、あの令嬢のせいで気を病んだ。


そう、言っているひとが大勢いるということしか。


わたくしは、呪えはしない。——ほんとうに?


叶うなら、ほんとうに、この手が罪にまみれていなければいいのに。
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