あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
「そちらに、どなたかいらっしゃるのですか」


若い男の声がした。


薔薇越しにも分かる、よく通る静かな声だった。理性的で賢明さがにじんだ、それでいて賢しらではない低い声。


やはり気づかれていたらしい。


どうするか迷って、気づかれているなら隠れていても仕方ないだろうと返事をする。


「はい」


久方ぶりに出した声は、ひどくかすれていた。


出てきてくださいませんか、と乞われて三度目に、恐る恐る木陰を少し出る。


顔を上げるようにも言われ、きっとひどい顔をしているけれど、薄暗い月明かりにほとんど見えないだろうと半ば諦めて顔を上げて、思わず息を呑んだ。


夢のように美しい男だった。


引き絞られた弓のような無駄のない長身は、服の上からでも分かるほどよく鍛えられている。

夜の暗闇にあってもきらめかしく輝く金髪は、眩い太陽のようだ。

瞳は深い海のような美しい翠で、今は人懐こく細められている。


ちらりと胸や肩を見遣ったけれど、どこにも紋章がない。


一応公爵家が開催しているので、この宴はそこそこの身分でなければ出席できず、護衛も同様である。

身分のある護衛なら紋章をつけているはず。使用人もそれと分かる定められた格好がある。


質素な中でも洗練された身なりは飾り立てなくても華やかなこの男に似合っていたけれど、身分不明な格好は明らかにおかしい。
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