クールな課長とペットの私~ヒミツの同棲生活~
プロローグ~ペットになった日



「……うそ」


私は目前に広がる光景が信じられなくて、何度も何度も目を瞬いた。


一面に広がる色は、黒。次に灰色。ところどころに赤い色が見えるのは、最後の燃え残りだろうか。少し前に降りだした雨で間もなく消えるに違いないけれど。


ほんの僅かに足を踏み出す。ジャリッと音が立ち砂利だらけのぬかるみに靴が微かに沈んだ。膝が震えるのは、これから待ち受ける未来(さき)への不安感からだ、きっと。


まだ燻る燃え跡からの煙を吸い、焦げ臭さに小さく咳き込んだ。すると、消防士だろう銀色の服を着た人と警察官に、危険だからと軽く後ろに押しやられた。


周りを見れば、黄色い規制線が張られて既に近寄れない状態になっている。現場検証が間もなく始まるだろうけれど、私はその前にどうしても一度部屋のあった場所に行きたかった。だから、ない勇気をかき集めて消防士の男性にお願いしてみる。


けれど、やっぱり駄目だと申し訳なさそうに断られた。その人は親切にいろいろと今後の対応策を教えて下さったけれど、私は曖昧に笑ってその場を後にするしかない。


慣れないヒールで砂利を踏みしめながら、おぼつかない足取りでアパートの敷地から遠ざかる。しっかりしたアスファルトの道に出ても、私の体の震えは止まらない。


「……どうしよう」


ぽつりとこぼれた小さな呟きは、強まる雨の音にあっさりと紛れて消える。


20歳の誕生日の夜。


家族も親戚も友達も。頼れる人が誰一人いない私は、唯一生きる場所だった6畳間のアパートを、全財産ごと火事で無くした。


< 1 / 280 >

この作品をシェア

pagetop