君にまっすぐ
「おはようございます、坊っちゃん。」

「田中か。お前はいつもいきなり出てくるな。」

エレベーターを待つ間に突然現れた田中と言葉を交わす。

「今日の坊っちゃんは少しお疲れですね。なにかございましたか?」

「そんなに顔に出ているか?さっき森山田さんにも言われたが。ただの寝不足だ。」

「いえ、付き合いの長い私だから分かるレベルだと思いますが、森山田さんにも言われたのですね。意外に坊っちゃんのこと見ているのですね。」

「彼女は仕事熱心だからな。」

「ええ、真面目ですものね。」

田中の言葉に孝俊の表情が少し陰ったような気がした。

「ははん、坊っちゃん。そういうことですか。」

「どういうことだ。」

孝俊が訝しげに田中を見る。田中は孝俊をからかうような得意げな顔だ。

「森山田さんのことを考えて眠れなかった、そういうことですね。」

「な!んなわけないだろう。」

「私を誤魔化せるとお思いですか?」

「…。」

「彼女が気になるのであれば、また誘ってみてはいかがです?」

「田中、お前も言ったじゃないか。彼女は真面目だって。なかなか食事に誘える相手ではない。」

「ええ、言いました。しかし、坊っちゃんには最大の武器があるでしょう。」

「…車か。」

「そうです。彼女オルディが1番好きなようですね。ならば、ドライブなら誘えるのでは?」

「この俺が車を餌に女を誘うのか。いや、この間も車をダシにしたが…。」

「そうでなければ、彼女とはこのままの関係でいるしかないですね。それに1年後には結婚を控えていらっしゃるのですから、結婚前に遊びたいというのであれば、これまでのような女性たちと軽い付き合いをするのが1番では?」

「いや、それは…」

「無理だったのでしょう?」

「!?なぜ、それを?」

「なんでもお見通しですよ、坊っちゃん。上のバーに女性と現れることは会っても、ホテルに泊まることはない。ご自分でなぜだかお分かりです?」

「これまで、俺に興味を示さなかった女性なんていないからな。少し気になっているだけだと思う。そういう関係になれれば、気持ちもおさまると思うんだが。」

「…坊っちゃん。」

「なんだ?」

「いえ、それならもう少し頑張って森山田さんと話してみては?今はまだ挨拶ぐらいしか交わしたことがないでしょう?もっと、彼女がどういう人なのか、どんな考え方をするのかを知って、坊っちゃんのことも知ってもらうんです。それから先のことはその後の話ですよ。」

「ん…。まぁ、そうだな。口説き文句さえも言わせてもらえてないからな。まずは警戒心を解かないと次のステップには進めないな。」

やる気が出てきたのか、顔に覇気が出てきた孝俊を田中は伺う。

自分の気持ちにもお気づきになられず、ズレた方向へ…と少し心配になるが、坊っちゃんの初恋を暖かく見守ろうと田中はオフィスへと向かう孝俊を笑顔で見送った。
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