冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 薔薇の香り満ちる胸から、不満そうな声が直接聞こえてくる。

「この滑るような頬と、小さく柔らかな口唇の他は……どこにあれの手は許されたのだ」
「ディオン様……?」
「この清い身体の、どこを……」

 密事と言ってしまったからなのだろうか。
 フィリーナとグレイスの何を想像しているのか、この歳にもなればわかることを考えると、恥ずかしさに顔が火を吹く。
 けれど、わざわざ確かめられる言葉の裏側が見えて、自惚れが思わず口を開かせた。

「嫉妬、してくださるのですか……?」

 顎に長い指が掛けられ、上を向かされる。
 その先では、漆黒の瞳が切なげな光をそこに揺らしていた。

「他の男に触れられることが、こんなに歯がゆいとは、思わなかった」

 ディオンの狂おしげな言葉に、心臓が壊れそうな音をかき鳴らす。
 心に溢れ返る想いが苦しすぎて、わずかな強張りが抵抗を見せてしまった。

「私に触れられるのは、嫌か?」

 ディオンの傷ついたような眼差しに、胸がきゅっと苦しくなる。
 決してそうではないと頭を振り、震える口唇で素直な気持ちを伝えた。
< 220 / 365 >

この作品をシェア

pagetop