冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*


「大丈夫か? 疲れていないか?」
「はい、大丈夫でございます」
「水は? 少し含んだらどうだ」

 黒馬の背で、ディオンは腰に付けていた革袋の水を出してフィリーナに渡した。
 出発から陽の昇りきった今まで、何度様子をうかがわれただろう。
 正直、日の出前から馬に揺られっぱなしで、おしりと腰が痛い。
 でも、ディオンの温かな腕の中にいると、胸のときめきの方が強くて、身体の疲れなど疲れだとは感じてはいなかった。
 一口水を含み革袋を返すと、大きな手がフィリーナの手を包み込んでくれる。
 ふっと目を細められると、また胸が愛しさでいっぱいに膨らんだ。

 名目上は必要最小限の世話役として、フィリーナもヴィエンツェへ同行している。
 とはいえ、生涯を誓ったのだから一日だって離れていたくはないし、一緒に来てくれと言われて断る理由などはフィリーナの中にはなかった。
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