冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 あれからディオンの身体の回復は目覚ましいものだった。
 熱はしばらく続いたものの、食事ができるようになったからなのだろう。
 傷の治りもとても早く、自力で立ち上がれるようになるまでには幾日も要さなかった。

 執務に戻ったのもすぐのことで、グレイスとの連携の元、無事にヴィエンツェはバルト国と一つになり、国民の生活も日に日に安定の一途を辿っているそうだった。

「ほら、レティシア様よ」

 近くでひそやかに聞こえた名前にどきりとする。
 ディオンの前で粛々と頭を下げるレティシアの姿。
 甲冑姿ではない長身のクロードの隣で、空色のドレスをつまみ挨拶をしている。

「婚約はディオン様側から破棄されたのですって?」
「なんでも、あの騎士団長様と恋仲にあったのが原因だったとか」
「まあ、お盛んですこと」

 くすくすとレティシアを肴に会話を弾ませる貴婦人達。
 何の罪にも問われなかったレティシアに与えられた罰と言うなら、こういった場での後ろ指だろう。
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