冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*


 晩餐会が一通り落ち着いたあと。
 舞踏会の合間にこっそりと抜け出してやって来たのは、月下の薔薇園だ。
 今日も月は明るく薔薇達を照らし、ここだけで行われている別の舞踏会場のようだ。
 いつかこの場所で手を取ってくれたディオンとのダンス。
 王宮の煌びやかさの中で踊ることは、決して叶わない。
 だけど、あれから度々この場所へ訪れては、温かな腕の中で束の間の幸せを与えてもらっていた。

 誰にも見つからないよう、フィリーナはディオンとの逢瀬を密やかに繰り返していた。

 でも今日はここへ来ても、ディオンはいない。
 それでも、遠い姿に痛む胸を少しでも慰めたくて、彼を身近に感じられる場所へとやって来たのだ。

 薔薇達の間の小道を、自分の影を踏みながら奥へと進む。
 いつも素晴らしい景色を臨みながらディオンが座っている日よけの下に辿り着く。
 椅子の背もたれに手を置くと、ここで私に触れてくれるたぎるようなあの熱を、身体が思い出してしまった。
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