冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

「これから兄さんは、ヴィエンツェへ向かう。
 向こうの情勢を調査するために、数日は戻らないだろう」
「はい……」

 いつもと同じ午後のお茶の時間。
 今日もいつものように澄み渡る空の下。
 部屋のバルコニーで、椅子に座ったグレイスは、碧い瞳で上目遣いにフィリーナを見上げた。

 ――“僕はお前をどうにでもできること、覚えておいた方がいい”。

 湖で言われた言葉を思い出し、決して抵抗を許さないような眼光に、身体が強張る。
 傍らのテーブルにかちゃりとカップの置かれる音が聴こえたかと思うと、ぎゅっと身を固めていたフィリーナの腕は唐突に引き寄せられた。
 小さな悲鳴を舞わせて飛び込むのは、高貴な雰囲気をまとう胸の中。

「兄が戻ってきてからがいい。
 お前なら、僕の願いを叶えてくれると信じているよ」

 ふらついたからなのか、眩暈がするような高貴さの中で、耳元をくすぐるまろやかな声。
 グレイスの膝の上に横抱きに抱え上げられ、激しく鼓動を乱すフィリーナの顔は冷たさを感じる掌に掬われる。
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