冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 この期に及んで拒否を滲ませたフィリーナを、グレイスは誰も居ない廊下の片隅に追い詰めた。
 太陽の陽も当たらない陰で、いつもは美しい蒼を煌めかせる瞳が、そのときばかりは暗く沈んだ色をしていた。
 片手で口元を抑えられ、エプロンの内側に仕舞ってあるそれを、女の身体を労る素振りもなく探り出したグレイス。
 フィリーナの目の前で包みを開き、カップの中へさらさらと白い粉を滑らせてしまった。

 すでにフィリーナは気づいていた。
 あの小さな紙に包まれていた粉が、何だったのか。
 それと自分を使って、グレイスがディオン王太子を……どうしようと思っていたのか。

 ――“行け”

 まろやかだった声が低く、フィリーナの前に短剣を突きつけて宣った。

 恐怖に怯え足を進めるしかなかったフィリーナ。
 だけど、ディオンの前でカップを手にした瞬間。
 フィリーナの中で、憧れの方からの信頼より人としての心を失いたくないという思いが、最後の一歩を踏み止まらさせたのだ――。
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