次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
『フレッドさえいなければ‥‥』
そう思ったことは一度や二度じゃない。
そして、神か悪魔かは知らぬが、その願いは聞き入れられてしまった。ディルはたったひとつの、欲しかったものを手に入れようとしている。恋い焦がれた女が自分の妻になるのだ。

(妻か‥‥形だけ手に入れても、虚しいだけだな。こんなものは望んでいない)
フレッドを思っていても構わない。心までは望まない。プリシラに言った言葉は、なかば自分自身に言い聞かせるためでもあった。
手の届かないものを欲しても、苦しくなるだけだと知っているから。
それに、これ以上、プリシラを苦しめたくはなかった。せめて心の中くらい、自由にさせてやりたかった。

ディルは対面に座るプリシラをちらりと見た。ちょうど最後のひと皿を食べ終えた彼女は、ワイングラスを持ち上げ、唇を寄せた。その唇がやけに赤く、なまめかしく見えて、ディルは目を逸らせなくなってしまった。
すると、視線に気がついたのか、プリシラもまたディルを見返した。
キラキラとしたまばゆい輝きを放つ、最高級のペリドットのような瞳。

ーーこの美しい瞳に、未来永劫、俺だけを映していて欲しい。

それは、幼い頃から執着心というものを持たなかったディルが、唯一抱いた願いだった。これ以外に望むものなど、後にも先にも、なにもないだろう。

「な、なにか?」
プリシラが少し戸惑った顔で言った。
ディルはふっと笑って、首を横に振る。
「いや。なんでもない」

(この気持ちを言葉にする日は‥‥永遠にこないだろうな)







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