次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「いいえ!ほら、見てくださいな。お嬢様はもう王太子妃と呼ぶに相応しい品格を備えられていますわ。‥‥本当に立派になられて、ローザは誇らしい限りです」
ローザはプリシラの体をくるりと反転させ、姿見の前に立たせた。プリシラは鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめた。なんだか無理して大人ぶっているようで、王太子妃の品格とやらがあるようにはとても思えなかったが‥‥涙ぐみながら喜んでくれるローザの気持ちは心からありがたいと思う。
「ありがとう、ローザ。良き妻になれるよう精一杯頑張るわ」
「ええ、ええ。フレッド様なら必ずお嬢様を幸せにしてくださいますわ。本当に、王太子がフレッド様でよかった! 異母弟のディル様が王太子だったらと思うと‥‥ぞっとしますわ」
ディル。その名前を聞くだけで、プリシラの心臓は小さく跳ねた。胸の奥がズキリと抉られたように痛む。それを悟られないよう必死に平静を装いながら、会話を続ける。
「本当にそうね。近頃のディルの噂はひどいものばかりだものね」
義弟の悪評を心配している。そう見えるように表情を取り繕う。
「とうとうバッカス子爵夫人にも手をつけたそうですよ。歳上好みなのかと思いきや、王宮の下働きの娘達も手当たり次第。困ったものですよ」
ここ数年、ディルは女遊びがひどい。最近では夫のいる女性達にもちょっかいをかけているようで、元々芳しくなかった評判は地に落ちそうな勢いだ。
「けど、ディル様はあの危うげな感じが魅力よね!あのブルーグレーの瞳に見つめられたら、芯から蕩けてしまいそう」
ローザの実の娘でプリシラより一つ歳上のアナがうっとりと呟いた。
「なにを言ってるの、この子は! いくら王子とはいえ、あんな軽薄な‥‥絶対に許しませんからね」
「馬鹿ねぇ、お母様ったら。ディル様が私みたいな平凡な娘を相手にするわけないじゃない。バッカス子爵夫人は社交界の薔薇と謳われる美女だし、噂になる娘達もとびきり可愛い子ばかりよ」
アナはけらけらと笑ったが、ローザはそんな娘をジロリと睨みつけた。真面目な母にちっとも似ず、アナは天真爛漫のお調子者だ。

(バッカス子爵夫人かぁ。あまり言葉を交わしたことはないけれど、たしかに美しい人だったわ)
プリシラより十は歳上だったろうか。華やかで妖艶で、大人の女の魅力に満ちた人だった。ディルは彼女のような女性がタイプだったのか、自分とはあまりにも違う‥‥。プリシラは無意識にため息をこぼした。
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