能ある鷹は恋を知らない
気付くと腕の中に抱き締められていた。
顔を見なくても匂いで分かる。

「どうして追いかけるんですか…」
「話をしたいと言っただろ。きみには本当に振り回される」

それはこっちの台詞なのに。
強くて優しい腕の中では何も言えなかった。

「…落ち着いて話をしたい。部屋に来ないか」
「でも、御堂さんが待ってるって…」
「居るわけないだろう。あいつを部屋に入れたことはない」
「え…でも」
「何を言われたのか知らないが、あの部屋にきみ以外入れたことはない」
「そんな分かりやすい嘘いらない…っん」

その瞬間、熱い唇が口を塞いでいた。
こんなのずるい。抵抗できるわけないのに。

「は…っ」
「ここでこれ以上のことされたいか。部屋に来るか選べ」
「狡い…」
「そんな顔をしたきみに言われたくないが」

誰のせいでこうなってると思ってるの。
私の気持ちをどれだけ振り回せば気が済むの。
涼しい顔してひどい。

腕を引かれるままにエレベーターに乗り込んだ。
狭い空間に僅かな機械音。
胸の音を聞かれそうなほど静かだった。


バタンと部屋の扉が閉まる。
あの時とは違って高島さんはすぐ部屋の電気をつけた。

「ソファに掛けてくれ。飲み物を取ってくる」
「ありがとうございます…」

少しして高島さんはワインを手に戻ってきた。
向かいのソファに腰をかけ、グラスに琥珀色のワインが注がれる。

窓の外にはあの時と同じ東京を一望するような夜景が広がっていた。

「どうしてあの日勝手に出ていった」
「それは…」
「ただ慰めが欲しかっただけだったのか」
「違います…っ」

ほんとは、もっと一緒に居たかった。
できることならずっとその腕の中に。

液体の注がれたワイングラスを渡される。
高島さんが口をつけるのを見て私も一口喉に流し込んだ。
多少アルコールが入った方が素直になれるかもしれない。

「…あの歯科医。結局どういう関係なんだ。着飾って食事したり、婚約者だったり」
「…学会で婚約者のフリをしたんです。院長の縁談を断る口実にって。食事はそのお礼で、今日はその学会で婚約者だと挨拶した教授が急に訪ねて来られて仕方なく…だから、婚約者なんかじゃありません」

俯く私を高島さんがじっと見ているのが分かった。

「それだけか」
「それだけって…」
「ほんとに上司と部下の関係だけなのか」

そう言われてさっきのことが甦り、不意に視線が泳いでしまった。

「…気に入らない」
「え…」

高島さんはワイングラスをテーブルに置くと突然立ち上がり、私の隣に座り込んで顎に手を掛けたかと思うと強引に口づけてきた。

「ん…っ」

どうして急にこんな。
そう思うのに拒めない。胸を押したつもりの手はただ添えているだけだった。

こうして流されるだけなんて嫌。
そう思うと無意識に涙が溢れた。

涙に気付いた高島さんが唇を離す。
私の頬を伝っていた涙を指で拭き取り、綺麗な顔に眉間を刻んで私を見つめた。


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