Sの陥落、Mの発症
気だるい身体はしばらく動きたくないほどに疲れていたけど、心は満たされていた。

気がかりなのは、佐野くんの腕が、頭の後ろにあること。

「あ、あの…」
「…なに?」
「腕、痛くない?」
「平気です」

そう言って会話が途切れる。
こういうときに何を話せばいいのか、自分の乏しい経験値は役に立ちそうにない。

さっきまでとは打って変わり、私を気遣うような動作に慣れなくて落ち着かなかった。

「聞きたいんだけど、私から誘わせるために、話しかけなかったって言ってたよね…?」

そう言うとくるりと佐野くんが私の方を向き、自然と距離が近くなってどきりと鼓動が脈打つ。
整った甘い顔の造形は何度見ても近くにあるとどきどきしてしまう。

「…どうして?」
「言わないと分からない?」

余裕を取り戻したような佐野くんの意地悪な声音に素直に頷く。
はぁ、とため息をついた佐野くんは無表情のままで腕枕と反対の右手で私の頬に触れた。

「あなたが欲しかったから」
「え…」
「何その顔。あれだけ迫られて分からない?」
「分からないよ…からかわれてるって思ってた」

視線を外すように少し俯くと、頬に触れた手が機嫌を取るように擦るような動きを見せる。

「俺が強引に迫って苛めれば課長が断れないのは初めて会った時から分かってました」
「え」
「そういう素質があるって一発で分かったから」

そういう素質って。

明け透けに言われて一気に頬が熱を持つのが分かった。

「でも…それだけじゃ、俺を求めてるのか、ただそういう相手が欲しいのか分からなかったから」

こんなに自信の無いようなことを言う佐野くんは珍しいと思った。
可愛い、なんて口が裂けても言えないけど。

「何その余裕そうな顔。泣かせたくなるんですけど」
「い、今はやめて…っ」

きらりと光った佐野くんの目にとっさに答えた。

「ふーん、今は、ね」
「そ、そうじゃなくて…っ」
「だから、俺は初めて見たときからあなたが欲しいと思ってましたよ。俺だけのものにして、恥ずかしい目に合わせて泣かせたいって」
「やっぱり、意地悪…」
「そういう俺が好きなんですよね、いじめて欲しいくせに」
「…っ」

そう言われると反論できない。
意地悪な佐野くんにいつもよりどきどきしてしまうのは、隠しようのない事実だった。
それを暴いた本人に隠しても無駄だ。

「まさか、あの人に横からさらわれそうになるなんて思いもしませんでしたが」
「そ、それは樫岡くんが…ぁんっ」

名前を口にした瞬間、シーツに隠れた手が敏感な場所を悪戯に触った。

「気が狂いそうなほど腹が立ってるって言ってんだろ。ベッドの中で他の男の名前を呼ぶな」
「ぁあ…っごめ、なさ…んんっ」

肌を這う手のひらと剥き出しの独占欲に疲れきったはずの身体が溶けていく。

「…そんな顔して、わざとやってんだろ」
「ち、ちが…っ」
「もう遅い。せっかく優しくしてやろうと思ったけど、俺には無理だ」

そう言って佐野くんはくるりと私の上に覆い被さり、獣のように濡れた眼でにやりと笑った。
その鋭い視線に見つめられるだけでまた身体がぞくりと震える。

「もう二度とそんなことする気が起きないよう、身体に教えてやる」
「あ、やぁ…っ」

散々に熱を与えられた身体は容易く佐野くんを受け入れ、耳元で囁かれる度その言葉に羞恥に苛まれて涙が溢れた。
そんな私を見下ろしながら佐野くんは笑って溢れる涙を舌で舐めとった。

時間を忘れるほどに肌を重ね、冷めることのない熱を交わし合う。
歪な欲望に絡む愛情を与え合いながら、長い夜は更けていくのだった。



-fin-

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