ドメスティック・ラブ
11.家庭内恋愛

「ま・つ・お・か・さん」

 媚をふんだんに含んだ猫撫で声と共に、クリアファイルに入った書類が隣からそっとマウスにかけた私の右手の横に差し出された。目をやると、その上には有名パティスリーのロゴが入った焼き菓子が一つ乗っている。
 最初は呼ばれ慣れず戸惑った新しい苗字も、同僚たちが冷やかしを兼ねてやたらと連呼していたのと、まっちゃんの怪我の件で病院やら警察やら学校やらに散々呼ばれまくった為、今ではすっかり慣れてしまった。
 返事をする前にちらっと液晶モニターの右下に表示されている時間を確認すると、定時のチャイムが鳴るまであと五分を切ったというところだった。どういう用件で声をかけてきたかなんて、今更聞かなくても分かる。

「悪いんだけどこれ今日の日付であげてくれない?向こうの締め日の関係で、日付来週に繰り越されると困るらしいんだよ」

 椅子に座ったまま片山さんが拝む様にして頼み込んで来る。
 ついこの間もこんな事があった気がする。日頃からあれだけ処理して欲しいものは早めに出せと口酸っぱく言っているにも関わらずこの時間なんだから、全く懲りない営業だ。一応ファイルの上にお菓子が添えてあるのは、どう見ても賄賂だかお詫びだかのつもりだろう。つまり、タイミングが悪い事を本人も重々承知してる事になる。

「だからどうしてこういつもギリギリなんですか……溜め込まないで下さいっていつも言ってるのに」

 文句を言いながらクリアファイルの中を確認する。口ぶりから一社分の伝票かと思いきや、しれっと数社分別の仕事も混ざっている。十分やそこらで終わる量じゃないので、引き受けるなら少なくとも小一時間は残業を覚悟する必要がありそうだった。

「都度処理するんじゃなくて一括合算で処理して欲しいって頼まれてるんだよ。最後のが届いたの今日だからさー、悪いけど頼む!」

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