君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)



「こっちだよ」


敏生が道を指して、(いざな)ってくれる。高校へ向かう近道なのだろうか。それは同じ高校に通っていた結乃も知らない道だった。
次第に見覚えのある建物が見えて、高校の正門の脇に出た。ここからバス停へと続くのが、結乃の思い出の紫陽花の坂道。


……でも、いざ紫陽花を眺めようとして気がついた。


「暗すぎて、花を見るどころじゃないな……」


消沈した口調で、敏生が呟いた。たしかに、夜の(とばり)に閉ざされると、花々が坂道を彩る様なんて見えるわけがない。先ほどよりもいっそう強く落ちてくる雨が、暗さにいっそう拍車をかけている。


それでも、せっかく敏生がしてくれた提案を虚しくしたくない。結乃は気を取り直せる言葉を、必死で探した。


「でも、ほら。街灯の下の花は、見えるじゃない」


結乃は敢えて明るい声を出して、指差した。
とりあえず道路を渡り、街灯が照らす所へと向かう。それから、ゆっくりと坂を下りながら、一定の距離ごとに立つ街灯の下で足を止めた。


紫陽花がどんなに綺麗か…なんて、結乃には関係なかった。敏生と二人で肩を並べて歩く……たったそれだけのことが、結乃にとっては震えてしまうくらいに嬉しかった。


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