君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
いろんな可能性を考えると、この〝今のまま〟の状態が一番幸せなんじゃないかと思ってしまう。
でも、今のままだと、結乃の恋心は満たされない。この切ない想いを抱え続ける苦しさを、明日からもずっと噛みしめなければならない。
結乃が思い悩んでいる間に、ゆっくりとした二人の歩みでも、とうとうバス停に着いてしまった。バスが来たら結乃はバスに乗らねばならず、時刻表を見たら五分ほどしか猶予はない。
「ここから俺の家までは近いから、走って帰るよ」
雨音の間の沈黙を破って、敏生の声が響く。
でも、それでは敏生が濡れてしまう。眼差しに心配を宿して結乃が見上げると、敏生はほのかに笑って返した。
「君もバスを降りてから、傘がないと困るだろ?」
たしかにそうだけど、敏生も困るはずだ。現に、二人を取り巻く雨は激しさを増していて、ちょっとの距離でも傘がないとずぶ濡れになってしまうだろう。
敏生の心配をする当の結乃も、その左肩が雨に濡れている。敏生と密着しないように、遠慮がちに距離を保っていたので、その半身が傘からはみ出してしまっていた。