ビターチョコをかじったら
 紗弥はそのまま、相島の服を掴んで胸に顔を埋めた。すっぽりと包むように抱きしめてくれるこの腕が、前よりももっとずっと好きになってしまっている。

「安上がりだなぁ…マジで。」
「…安上がりじゃないし。っていうか…安上がりでいいし。」
「だから深みにはまるんだよなぁ、俺も。」

 紗弥の髪を、相島の鼻がくすぐる。

「うわっ…!」

 そのまま持ち上げられて相島の上に乗る形でもう一度強く抱きしめられる。ソファベッドが少しだけ軋み、静かに音を立てた。

「おおお重いからっ…!重いからおろ…。」
「おろさねーし。もう疲れた。このまま寝る。」
「ねっ…寝る!?」
「こういうベタなこと、どうせ好きなんだろ。」
「う…。」

 ほどよく加減されて抱きしめられていることも、頭に回った手が時折優しく撫でてくれていることも、相島の香りがすることも、全部全部大好きだ。
 紗弥は相島の服をきゅっと掴んだ。

「…好き、だけど。」

 ベタだろうが、子供っぽかろうが、好きなものは好きだ。嬉しい。それは誤魔化しきれない。消え入りそうな声で言ったその言葉も、静かな部屋ではしっかりと相島の耳に届く。

「…知ってる。」

 なんでもお見通しで、悔しいこともたくさんあるけれどそれ以上に嬉しいことの方が多い。だからこそ紗弥だって、相島には同じくらい嬉しくなってほしい。

「…相島さんは、したいことないの?」
「したいことしてる。今。」
「!?」
「あとは、キス?」

 いたずらに笑いながらそう言う相島だってかっこよく見えるのだから悔しい。それでも今日一日たくさんの幸せをくれた相島にお返ししたいという気持ちが恥ずかしさを超えた。
 そっと、紗弥の方から重ねた唇。離れた瞬間に相島の方からも重ねられる。

「…珍し…ってか初めてじゃね?俺からねだればしてくれんだ?」
「…特別、だもん、今日は。」
「ふーん?特別なんだったら…もうちょい頑張れるよな?」

 再び相島から重ねられた唇に、紗弥は目を閉じる。優しいキスも熱をねだるようなキスも、相島がくれるものなら何でも幸せで嬉しいなんて思ってしまうのだから完敗だ。

「…苦しい…相島さん…。」
「いい加減名前で呼べよ、紗弥。」
「っ…。す、昴(すばる)…くん?」
「…やればできんじゃねーか。」

*fin*
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