溺愛御曹司は仮りそめ婚約者


「沙奈も大概、言葉が足りない。俺のこと言えないよね。かわいい顔して、とんでもなく強情っぱりだしさ。そういうところも好きだけど、そろそろ素直になってもらいたいな。じゃないと……」

そこで言葉が途絶えた。顔を上げると、もう彼の姿はなかった。

扉の閉まる、バタンという音が静かな空間に響く。

え、なに、その中途半端な脅し。「じゃないと……」の言葉の続きはなに? 逆に怖いんですけど。

顔を上げると、鏡に映った自分の姿が目に入った。立ち上がって、フラフラと鏡に近づく。

「……私は、東吾の隣にいていいのかな」

彼のことが、好きだ。初めて出会った、自分よりも大切にしたいと思えた人。支えたいと思った人。

だけど私は、人に言われた言葉ひとつで、こんなにもぐらついてしまう。

「東吾……」

私の言葉に、答えをくれる人は誰もいない。鏡の中の少し赤い目をした花嫁が、不安そうな顔でこちらを見ているだけだ。

変わりたいと思ったのに、なにひとつ変わっていない自分に嫌気が差して、そっと目を閉じた。


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