溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

これは……俗に言うディープキスという奴ですか? は、初めてした……。いや、してない。まだ未遂だ。

固まっている私に何かを察したのか、主任が驚いたように目を見開く。

「もしかして、こういうキスは初めて?」

うう、改めて指摘されると恥ずかしい……。でも、事実は事実だから仕方がない。

見栄を張りたいところだけど、絶対バレるから素直にそれを認めて頷く。

そうすれば、ならやめようかと言ってくれるんじゃないかなと思ったのだ。なのに主任は、私の予想に反してなんだかとても楽しそうに口の端を上げた。

「そう。じゃあ、これも練習しようね」

「え!? い! ……んむっ」

いいよ、という反論の言葉は、主任の唇に飲み込まれた。再び口の中に入ってきた彼の舌に、私の舌はあっけなく捕まった。

「力抜いて。その方が気持ちいいよ? 息は鼻でする。後は、こうやって角度を変えた時にね」

なるほど……って、こんな実践練習いらないんだけど!

だけど、こういうキスって、もっと気持ち悪いのかと思ってたけど。言われた通りに力を抜いてみると、気持ちいい……かも。主任のキスに溺れそうだ。

唇を離して私を見下ろした主任が、甘い笑みを浮かべた。初めて見るその表情に、胸の奥が疼く。

「明日、楽しみだな」

そのまま私の頰に、自分の自分の頰をすり寄せた主任が耳元で囁く。

「こんなにかわいい沙奈を育てたおじいちゃんに会うのが楽しみだ。きっと、とても素晴らしい人なんだろうね。寝ようか。打ち合わせの続きは、明日車の中でしよう」

もう一度唇にキスをした主任が、当然のように私を引き寄せる。ポン、ポンと子どもを寝かしつけるように優しく叩かれて、自然と目を閉じた。

少し速い、主任の心臓の音が、私の心臓の音と混ざり合う。なぜだかそれが、とても心地が良い。

それを聞きながら、私はあっという間に眠りに落ちていった。

< 38 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop