溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
プロローグ
「……どうしよう……」

既に外は日が暮れている。

降りられると判断した木は、
見下ろしてみると思ったより高くて、

昏くなればなるほど、足元は怪しくて、
普段履き慣れているスカートですら、
枝にひっかけてしまいそうだった。

そして、ありすは枝の上で
にっちもさっちもいかず、深いため息をついていた。

「でも逃げ出さないと、大変な事になっちゃう……」
東の方を見上げると、紫色にそまる空には
既に細長い月が登り始めている。

後しばらくすれば、伊東さんが食事の為に
部屋に迎えに来てしまう。
それまでになんとかしなくちゃ。

──と、ありすが考えた瞬間。


「……あの、こんな時間にそんなところで、
何をしていらっしゃるんですか?」

ふと下から声を掛けられて、夕闇の中で
聞こえた、聞き覚えのない男性の声に、
ありすは思わずもう一度下を見下ろす。

「あの……降りようと思ったんですけど、
降りれなくなってしまって……」
みっともないし恥ずかしいけれど、
日が暮れてきて、寒さに震えが起きてくる。

声をかけて来た人間がありすの敵とばかりは限らないし、
もう限界だしと、勇気を振り絞って声を掛ける。

木の根元を見下ろすと、
下からこちらを見上げている男性の存在に気付いた。

「まったく。木登りの下手な猫みたいな人ですね」
口元を手で覆うようにして、その男性はくくっと笑い声を零す。

別に木に登って降りられなくなったわけではなくて、
単に上から降りようと思っただけなのだけど、
と一瞬ありすは思ったが、

もう一度枝を握りしめると、ギシリと音がして
古い大きな木の幹の表面が手のひらについて、
不安感がますます増す。

「捕まえて差し上げますから、飛び降りてください」
男性はありすの声がする方向に手をあげて
抱き留めるような仕草をした。

「あの……?」

「ほら、大丈夫ですよ。落としたりしませんから
そのままずっと
そこにいるわけにも行かないでしょう?」

優しくて穏やかな声に、確かに男性が言う通り、
このままではどうしようもない、と決断して、
ありすはそっと足を枝から滑らせる。

「きゃああああああああああっ」

その瞬間、ゆっくり降りるつもりが、
一気に足を滑らせて、
そのままありすは足から落下していく。 
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