日常に、ほんの少しの恋を添えて
 そして視界に飛び込んできた専務の顔を見て息を呑んだ。

 整えられた黒髪を軽く後ろに流しスーツが良く似合うすらりとした体躯に、長身。そしてこちらを向いた顔は小さく、均整の取れたパーツが整った顔を作り上げて……

 つまり、凄くイケメンだったのである。

 まさかこんなにイケメンだなんて全く知らなかった私は、口をあんぐり開けたまま動けなくなった。
 そんな私を見て、新見さんが「んん!!」と咳ばらいをしたので、私はハッと我に返る。

「失礼致しました……! 新見さんの後任として専務の秘書を務めさせていただきます。以後……」
「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ」

 頭の中で何度も何度も暗唱してきた言葉を、専務はあっさり遮った。
 段取りが狂ってやや戸惑い、固まる私。そんな私をチラッと見てから、専務は椅子の背もたれに掛かっていたジャケットを掴むと、それを翻し袖を通す。
そのまま流れるような動作でビジネスバッグを持つと、スタスタと歩き出し部屋を後にしようとする。

「丁度良かった。ちょっと出るんで、後よろしくな」

 すると驚いたような顔をした新見さんが「どちらへ行かれるんです!?」と慌てて聞き返す。

「物件の下見。近場だから。何かあったら連絡して」
「ではお供いたします」

 新見さんがこう言って役員室を出ようとすると、専務が彼女を引き留めた。

「あー、いい! ひとりで回りたいんだ。夕方までには帰るから、君はここにいてくれ。じゃ」

 要件だけ私たちに伝えると、専務は部屋を後にした。
 私が専務の出ていったドアを見つめたまましばらく立ちすくんでいると、新見さんが困ったように盛大なため息をついた。
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