キス税を払う?それともキスする?
 議論に満足したのか、奥村はメニューを開いた。

「お腹空いちゃいました。何か食べませんか?
 昨日ご馳走してもらっちゃいましたし、ここは私が払いますから。」

 契約締結ということでいいのだろうか。
 南田は無言で顔を近づけた。

「な…どうしました?」

 急いでメニューで顔を隠す姿がなんとも可愛いらしい。

 しかしもう何度か目だ。
 慣れそうなものだが…。

 南田はメニューを取り上げた。

「食べてからでは気になるようだったので、その前に認証したい。」

 とにかく迅速に。
 そうであるものだとの認識を!
 
「まだ契約は締結していないと思います。」

 な…。

「締結していないとは…いかなることだ。」

 ここまで議論を交わしたというのに、この後に及んで何を…。

「まず、所構わず…はやめてもらえますか?」

 そうか…。
 もっと詰めた話し合いを持ちたかったのか。

 南田は安堵して口を開く。

「それは理解している。」

 僕も前回までは前後不覚だったと言っても過言ではない。
 所構わずなど望んでいない。

 南田は眼鏡を外しながら、また近づいていく。

「これも外した方がいいことは理解した。」

 まぁ見えないのは相変わらず残念だが。
 奥村さんの希望を聞くことも大切だろう。

 それなのに奥村からは不満げな声が発せられた。

「でもそれじゃ今からしますよ!って宣言されてるみたいで嫌です。」

 はぁ…。何故だ。女の心と秋の空。と言うらしいが…。
 昨日は眼鏡が…と言っていたじゃないか。

「では、どうするのか。」

 イリュージョンで消せと言うのか。

「そんなの私が分かるわけないじゃないですか。
 眼鏡かけた人とキスしたことなんて…。」

 南田は眼鏡をかけ直して奥村を見た。
 やはりなんとも言えない顔をしている。

 眼鏡をかけた奴としたことがないとは…。
 しかし眼鏡をかけた奴と…他とは…それは大人げない追求か。

 …そして、今は僕のものだ。

 南田はまた顔を近づけながら話し出した。
 もう待っていられない気持ちだった。

 やはり中毒性があるようだ。

 そして彼女にも…奥村さんにも中毒になってもらわなければ。

「なるほど。…では阻害するのは否めないが、かけたままにしよう。
 その方が嫌でも僕を思い出すだろう。」

 僕がいないところで僕を思い出す奥村さん…。
 それを思い浮かべるだけで愛おしかった。

「どうしてそうなるんですか。」

「どうして…。」

 答えを模索するように、考えるように南田は口を開いた。

「君の体が僕を忘れられないように、僕から逃れられないように…嫌でも求めるようにか?」

 より中毒性が増すように…。

「なっ…。」

 奥村の顔が赤くなったことを確認して、更に近づいた。

 近づいていた顔はもう触れてしまいそうなほどに近くにあった。
 奥村は恥ずかしそうにそっと目を閉じた。

 その可愛らしい素ぶりにフッと息が漏れると、そのまま重ねた。
 頬に眼鏡をわざと当てて。

 初めて逃げられもせず、無理矢理でもない、そっと触れるくちびるは、より一層柔らかかった。

 その隙間から漏れる息が愛おしく離したくない気持ちにさせる。

 しかしその気持ちを抑えるように、南田は奥村の手を取り認証させた。

「体がにわかに硬直をしている。
 呼吸も僅かだが荒いようだ。
 声も上ずっていた。手の震えもある。
 緊張が現れているようだ。」

 顔を離した南田は無表情で奥村の身体症状を報告する。
 そうでもしなければ自分がこの場で動揺してしまいそうだった。

「言われなくても分かってます。
 だから毎回緊張しなくてすむようにしてください。」

 奥村の言葉に何度か頷く。

「そうか。それは配慮に欠けていた。
 次回からは気をつけよう。」

 だが…どう配慮しようか。
 自分の方こそ、これほどまでに緊張しているというのに。

 何度か目だから慣れるはず。という言葉は撤回したい気持ちだった。

 無表情の下の南田は心臓が壊れるのではないかというほどの音を上げていた。
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