キス税を払う?それともキスする?
 しばらくすると南田のペアの人が席に来た。
 見る気にもなれずに仕事を続けた。

 お昼休み。
 食堂へ行く途中に奥村を視界に捉えた。
 ペアの内川と楽しげに話しているところだった。

 心臓を鷲掴みにされた気持ちになると、誰にも気づかれないように通路の陰にもたれかかった。

 最高のペアなどクソ喰らえだ。
 拳を握りしめて悔しい気持ちで天を仰いだ。

 その日から南田は日課になっていた奥村探しはやめていた。
 最高のペアらしい内川と話しているところを見たくもなかった。

 そして南田が声をかけなれば契約は履行されなかった。
 それだけの関係だったのだ。

 ただそれだけ。



 幾日か経ったある日の定時。

 いつものようにペアの加藤さんは帰るようだ。
 実際に彼女は細やかに気配りができて、仕事をしやすいなという思いにさせた。

 そんな彼女がふとデスクの上にあるメモ帳に目を止めた。

「これって海外のアーティストの…。」

「あぁ。」

 それは南田がそのアーティストを好きだと知っている友人が買ってきてくれたものだった。

 その海外のアーティストはコアなファンは多いが、日本ではあまり馴染みがないアーティストだ。
 周りにこのアーティストが好きだと言う人は聞いたことがなかった。
 ましてや女性で。

「同じアーティストのファンの方にお会いしたの初めてです!
 相性がいいって本当なんですね。」

 感激したように言う加藤に南田は冷めた視線を送る。
 好きなアーティストが同じだからと言って、なんだと言うのだ。
 最高のペアなど…。

 脳裏に、楽しそうに会話する奥村と内川の姿が浮かんだ。
 つい苛立って棘のある言葉を口から吐き出す。

「趣味嗜好が同じで何が嬉しい。
 同じではそこから発展はない。
 何も生まれない。
 相違があってこそ面白い。」

 加藤がショックを受けたのが伝わって、何をしているんだ。
 八つ当たりなど…と情けない気持ちになった。

 加藤は何も言わずに帰っていった。
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