不埒なドクターの誘惑カルテ
 いい加減な言葉に、カチンときてしまう。

「別に忘れたいと思っているわけじゃないので」

「いいだろ、一回食事に行こう。きっと楽しいから」

 まだ強引にさそってくる彼に、正直困り果てた。同じ社内の人間だし、変に波風を立てたくない。

「あ、こんなところにいた。探したよ、茉優」

 振り返るとそこには、ほかの部署の巡回を終えた束崎先生がいた。〝茉優〟と私の名前を強調したように呼んだのは気のせいだろうか。

「あれ、邪魔した?」

 先生の登場にあきらかに不機嫌になった男性社員を、先生はチラッとみた。それが彼には気に入らなかったらしい。

「別に」

 さっきまでの愛想のよさは消えて、私たちのわきをすり抜けて行った。

「はぁ」

 気まずさから解放された私は、思わずため息をついた。

「あれでよかった?」

「はい。助かりました」

 私が苦笑いを浮かべると、先生は真面目な顔になった。

「茉優には、ちゃんとした人と恋愛するべきだ。さっきの男や、俺みたいな奴じゃない、茉優を大事にしてくれる人」

 それは言ってみれば、先生は私とは恋愛する気がないということだ。ショックを受けて、すぐに言葉が出ない。

「そのうち、いい相手がみつかるといいな」

 そう言って歩き始めた先生に思わず尋ねた。

「束崎先生は……ちゃんとした人じゃないんですか?」

 私の言葉に先生が足を止め、振り向いた。笑顔を浮かべていたけれど、どこかぎこちなく見える。

「そうだな……俺こんなだし、誰かを幸せにできるとは思えないんだよ。だから、誰とも真剣にはつき合わない。そう決めているんだ」

 誰ともつき合わないということは、もちろん私とつき合うこともないということだ。

 今の今までは心のどこかで、もしかしたら願いが届くかもしれない……なんてことを思っていた。けれど、その可能性を完全に否定されてしまう。好きな相手に面と向かってそういわれると、つらいものがある。

 私はあきらめきれずに、理由を尋ねた。

「それって、どうしてですか? そういうのって、自分で決めてどうなるものでもないですよね?」

 私だって、先生に出会うまでは『イケメン嫌い』と言われていたのだ。でも、出会ってしまい、好きになってしまった。それは自分でコントロールしようとしてできるものではない。
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