不埒なドクターの誘惑カルテ
「こんなこと、伺っていいのか悩んだんですけど、他に相談できる人がいなくて」

 及川さんは、うなずいて話を促してくれる。

「あの……束崎先生は、『真剣に恋愛しない』って本人から聞きました。どうしてなのかなって、気になってしまって」

 私は気まずさから、フルートグラスに視線を移す。数個の気泡が上って来てはじけた。

 こんな話持ち出されて、及川さんも迷惑だったかもしれない。なかなか返事がかえってこないことで、私は失敗したと思った。

「すみません、こんな話されても、困りますよね」

「いや。思い当たる節はある。けれど、この話をする前に、坂下さんの気持ちを知っておきたい」

 私はイエスの意味をこめてうなずいた。

「君は、大輔のこと好きなの?」

 ストレートに聞かれて、動揺してしまう。しかし、正直に話そうと決めた。いまから先生の過去について話を聞くのだ。ここで自分の気持ちをごまかすなんて、違うと思った。

「はい。私、束崎先生のことが好きです」

 初めて口にした先生への気持ち。なぜだかすごく、現実味を帯びた気がする。

 そんな私を見た及川さんは、納得したようにうなずいて話し始めた。

「あいつ——大輔は、昔はあんなんじゃなかった。たしかにああいう奴だから、いつも周りに人がたくさんいた。だけど今みたいに上辺だけのつき合いをするようなことはなかったんだ」

 やっぱり……なんとなく思っていたことが当たった。でも本来の彼が、及川さんのいうような人だと思うと、うれしくもあった。

「あいつがああなったのは、以前つき合っていた彼女が原因なんだ」

「彼女……ですか……」

 先生に昔彼女がいても、あたりまえだと思う。けれどやっぱり胸が痛い。

「あいつが、国家試験に受かって研修医として働き始めてすぐだった。その彼女はひとつ年下で、普通の企業に就職したからちょうど三年目に入ったところだったかな。彼女の様子がおかしくなったのは」

 なんだか及川さんの表情も辛そうだ。けれど彼は話を続けてくれた。

「彼女の顔から笑顔が消えて、毎日思いつめた顔をしていた。どうやら会社でうまくいかないことが続いていたみたいで、色々思い詰めていたようだった。大輔も彼なりにフォローはしていたみたいだが、やつも研修医一年目だ。忙しさは並大抵じゃない、彼女が傍にいてほしいときにいられる状況じゃなかった。仕方のないことだ」
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