呪われ姫と強運の髭騎士
「ソニア!」
 
 屋敷から懐かしい声が聞こえ、ソニアはそちらに顔を向ける。
 
 灰褐色の髪をピッチリと整髪剤で後ろへ流し、一つに結わいた初老の男性――
 皺が深く刻まれているが人当たりの良い顔は変わらず、彼の優しさが更に滲み出ているようだ。

「デュマ侯爵様! お久し振りです!」
 
 両手を広げ、ソニアを迎え入れるデュマの胸に飛び込んでいく。
 またやってしまった――と、ソニアは顔を真っ赤にして彼から離れた。

「失礼しました。懐かしくてつい、はしたない真似を」
 ソニアはそう言うと、ドレスの裾を指でつかみ膝を曲げて優雅に挨拶をする。

「良いんだよ、しばらく見ないうちに本当に美しくなって! もう立派な淑女だね」
「ありがとうございます」
 
 礼を言うソニアの後ろを守るように控えているクリスに気付き、デュマは彼にも握手を求める。

「よく来てくださった。『ディヤマン』の騎士・クリスフォード・コルトー様」
「王宮の舞踏会や夜会でお会いしますが、こうして個人的にお会いするのは初めてですね」
 
 二人、固く握手を交わすのを見てソニアは目を丸くした。
 黄色く光る火花が見えた先程の静電気など、嘘だったように何事も起きない。

「貴方がソニアの結婚相手だとは……! いやあ! 陛下もなかなか憎い選択をなさった! 彼ならソニアを預けることができると言うものだ!」
 
 なあ、とソニア自身に同意を求めてきたデュマに彼女は「ほほ」と笑って誤魔化した。
 
 ――何せ、ソニアは彼の事が好きとか嫌いとか、まだよく分からない。

(髭は嫌なのだけど……)
 
 ぽそりと聞こえないように呟いた。
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