夏のプールと男の子【完】
「もう少ししたら人も多くなってくると思うので、今のうちですね」
彼女は両手で頬杖を付いてお店を見ながら、らんらんと言った。頬を赤く染めている。
「お、おう…」
彼女の雰囲気に押されるようにして、俺は列の最後尾に付く。並んでるのは四、五人という所か。
そうすると順番はすぐに回ってきた。赤のTシャツを肩まで捲りあげて日焼けした男が注文を聞く。
彼女が持っていた焼きそばが美味しそうだったので、俺も焼きそばを頼んだ。そして番号札を渡される。
カウンターから離れて、彼女の元へと戻る。心無しか遠くから見る彼女は楽しそうだった。
「しばらくお待ちくださいだってさ」
彼女の隣の椅子に腰掛けながら言った。彼女は俺に笑顔で返事をする。
「そうですか、何を頼んだんですか?」
小首を傾げて俺に返事を乞う彼女。そんな彼女に、俺は返事では無く気になっていたことを聞いた。
「紺野さんさ…、何で敬語なの?」
「えっ?」
彼女は目を丸くする。その後悩んだ顔をして、理由を話し始めた。
「うーん。何で、と言われますと…結城くんと私、年が近そうに見えても正式な年齢差は分かんないですから。
それに、何と言っても初対面ですしね」
最後の一説を言った時、紺野さんは俺の目を見て笑った。
「っ!」
一瞬、胸が高鳴る。
「な、なるほど…」
返事をしてみても胸の高鳴りばかりに気が行ってしまい、心ここに在らず。
「二十五番でお待ちのお客様ー!」
遠くで俺の番号札を呼ばれる声がした。
「あ、じゃあ…取りに行ってくるわ」
焦ったように立ち上がった俺を上目遣いで見上げて、微笑む。
「はい。待ってます」
…射抜かれた。
こんな甘い胸の締め付けは知らない。俺はその場から逃げるようにレジへと向かった。
「三二〇円になります!」
さっき注文を取った男だ。口を三日月にして、透明なプラスチックのパックに入った焼きそばを俺に渡す。それを右手で受け取って、財布から出した三二〇円を左手で渡した。