偽りの婚約者に溺愛されています

更衣室に入って、タオルに顔を埋める俺の隣から誠司の声がした。
顔を上げて微かに笑う。

「お前も付き合うか?販促から、プレゼン資料作りを手伝ってほしいと頼まれてる」

このチームに所属するメンバーは、一部を除き大半がグローバルスノーの社員だ。
練習優先の毎日だが、勤務時間のおおよそ半分は、各部署で業務に携わっている。
共に汗を流す誠司は、俺と同時期に入社した同期だ。

「いや、俺はいいよ。お前も少しは休んだほうがいい。ササ印から戻ってから、どうかしてるぞ。顔色も悪い。悩みがあるなら聞くけど」

心配そうに話す彼に、明るい口調で返す。

「あれ。心配してくれてるのか。お前は本当に、昔から俺が好きだな。かわいいやつだ」

「バカ言え。お前にかわいいだなんて思われたくないんだよ。そういうのは、好きな女に言え」

話しながら着替え終わった誠司が、バタンとロッカーを閉めてカバンを担ぐ。

「じゃあな。お前の悩みが欲求不満なら、誰か紹介するよ。仕事ばかりでそんな暇もないんだろ。いつでも言ってくれ」

「バカ。不自由してないよ」

「ははっ。それもそうか。モテるやつは、黙っていても寄って来るからな。じゃあ、俺は行くよ」


彼が去り、チームメイトもいなくなった。ひとり取り残され、そのままぼんやりと考える。
誰を紹介されても、今の俺が会いたいのも、欲しいと思うのも、ひとりだけ。他の女じゃ満たされない。
勢いづいて、彼女の答えも分からないままに、プロポーズまでしてしまうほどに。

グローバルスノーに戻って、身辺を整理して出直そうと思ったのは確かだが、本当は逃げ出しただけなのかもしれない。

俺を頑なに受け入れようとはしない夢子から、はっきりと拒絶されてしまうのが怖いのだ。

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