偽りの婚約者に溺愛されています
「く……っ。くくくっ。でかい声の独り言だな」
そのとき、自販機の陰から聞こえた声に振り返った。
「松雪さん」
そこに姿を現したのは、お腹を抱えて笑いを押し殺す、直属の上司だった。
「ずっといたんですか。ひどい。助けてくれたらよかったのに」
彼はなにも悪くはないのに、思わず不満を漏らす。
黙って見ているなんて、悪趣味だと思ったからだ。本当に困っていたのに。
「ぶっ。あははは。いやー、面白かった。いいものを見たな」
楽しそうに笑いながら彼は私を見た。
「君が女性にもてるって、噂には聞いていたけど。本当に告白する子がいるんだな。驚いたよ。羨ましいな」
「私は全然嬉しくありません。沢井さんを傷つけたのは悪いと思うけど。好きになる相手を、彼女は間違えていますよ。私はこれでも一応、女ですから」
私がむくれて言うと、彼は笑うのをやめた。
「そうだな。どこからどう見ても、君は女だ。それに背が高くてスタイルもいい。なによりも綺麗だしね」
「やっ。な、なにを言ってるんですか」
急に言われ、焦って彼を見上げる。
百七十センチ近くある私を見下ろす松雪さんは、かなりの長身だ。
「そうやって、すぐに照れるところもかわいいよ」
「またすぐにそうやってからかうんですから。やめてください。本気にしますよ?私に好かれたら困るでしょ」
私がこう言えば、さすがに彼も引くだろう。
そう思って言ったのに、彼は余裕顔だ。
「お?本気にしてくれるの。君に好かれても、俺は全然困らない。嬉しいよ」
「なっ……!」
ダメだ。なにを言っても通じない。
そもそも松雪さん相手に、私が勝てるはずなどないのだけれど。