偽りの婚約者に溺愛されています

「く……っ。くくくっ。でかい声の独り言だな」

そのとき、自販機の陰から聞こえた声に振り返った。

「松雪さん」

そこに姿を現したのは、お腹を抱えて笑いを押し殺す、直属の上司だった。

「ずっといたんですか。ひどい。助けてくれたらよかったのに」

彼はなにも悪くはないのに、思わず不満を漏らす。
黙って見ているなんて、悪趣味だと思ったからだ。本当に困っていたのに。

「ぶっ。あははは。いやー、面白かった。いいものを見たな」

楽しそうに笑いながら彼は私を見た。

「君が女性にもてるって、噂には聞いていたけど。本当に告白する子がいるんだな。驚いたよ。羨ましいな」

「私は全然嬉しくありません。沢井さんを傷つけたのは悪いと思うけど。好きになる相手を、彼女は間違えていますよ。私はこれでも一応、女ですから」

私がむくれて言うと、彼は笑うのをやめた。

「そうだな。どこからどう見ても、君は女だ。それに背が高くてスタイルもいい。なによりも綺麗だしね」

「やっ。な、なにを言ってるんですか」

急に言われ、焦って彼を見上げる。
百七十センチ近くある私を見下ろす松雪さんは、かなりの長身だ。

「そうやって、すぐに照れるところもかわいいよ」

「またすぐにそうやってからかうんですから。やめてください。本気にしますよ?私に好かれたら困るでしょ」

私がこう言えば、さすがに彼も引くだろう。
そう思って言ったのに、彼は余裕顔だ。

「お?本気にしてくれるの。君に好かれても、俺は全然困らない。嬉しいよ」

「なっ……!」

ダメだ。なにを言っても通じない。
そもそも松雪さん相手に、私が勝てるはずなどないのだけれど。






< 3 / 208 >

この作品をシェア

pagetop